6/18深夜(正確には6/19未明)、「エンドレスエイト」が放映されました。蝉の鳴き声とキョンの「気怠いが、…」で始まったことで、予想通り、今回は「エンドレスエイト」だったことに安堵しました。夏の高校野球中継の描写が終了した後、オープニングが始まりました。
「笹の葉ラプソディ」ではオープニングがなかったので、2期はオープニングがないのかな?と思いましたが、新しいオープニングは作られていました。POPな感じのオープニングで、楽曲である「Super Driver」も含め、1期オープニングとはイメージの異なるものであり、多少戸惑いを感じました。このオープニングではSOS団のメンバーが走っている描写があり、通行止め、一時停止、制限速度40km/h及び赤信号といったものが進行可、進め!、∞(無限大つまり制限速度なし)、青信号で走れ!と変化するのもハルヒたちSOS団が突っ走るイメージをもとに作られたものと思われます。また、エンディングの「止マレ!」と対照的に作ったのかもしれません。
本編に入り、タイトル(前編も付いていなかったこと)から、1話分の尺で「エンドレスエイト」が足りるのかとやや不安に思いながら、8月後半の夏休みの日常が次々と描写されているのを視聴しました。市民プール、浴衣購入、盆踊り、河原での花火、蝉捕り、着ぐるみのバイト、天体観測、バッティングセンター、神戸の花火大会、県境の川でのハゼ釣り大会、墓地での肝試し、映画館のはしご、海水浴、ボウリング、長時間耐久カラオケと次々と夏休みの日常が描かれていくのですが、放送の残り時間がどんどん少なくなっていき、本当に1話で終わるのかとドキドキしながら、ついに8月30日を迎えたものの、何も起こらず終わり、8月31日も平凡に終了し、キョンが就寝したところで終了しました。
<以下、ネタバレ部分あり。文字を背景と同色にしています。見たい方は文字を反転させて読んでください。>
今回は8月後半のループから抜け出せなかった失敗ループを描いたエピソードでしたね。まさか、原作にも記述されていない失敗ループの時の様子を1話かけて放送するとは思いませんでした。そのため、キョンたちの既視感があるという描写がなかったわけですね。おそらく、はじめの方のループを描いているのかもしれません。ただし、長門有希の表情を察すると、退屈しているもしくは、うんざりしている様子が伺えます。彼女は全ループの記憶を持っているのですから、いい加減気づいてくれと思っているのかもしれません。
次回の放送では最初の方はほぼもしくは全く同じ描写が続き、視聴者に「おやっ!」と思わせ、キョンたちが感じた既視感を視聴者にも与える演出が展開されるものと思われます。
<ネタバレ部分終了>
どうやら、今回は前編だったようです。原作未読の方にはただ、夏休みの日常を延々と垂れ流しているようにしか見えず、今回の話は何だったんだと思われたかもしれません。しかし、次回で今回の放送の意味がわかると思います。次回に期待しましょう。
追伸、今回は西宮・神戸周辺の様々なスポットがたくさん出ました。聖地巡礼をする方にとっては重要なエピソードになったものと思われます。聖地巡礼のウェブサイトを見るのが楽しみです。
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2009年6月21日日曜日
2009年6月18日木曜日
堺文化財公開(平成21年春季)
平成19年、20年と連続して開催されていた堺文化財公開が平成21年は秋季だけではなく、春季にも開催されました。今回は「堺と天下人の物語 ~信長・秀吉・家康~」というテーマで三寺社の文化財が平成21年5月20日から24日にかけて公開されました。
私は徳島から(結婚式出席のため)名古屋経由で堺に来た母に転居の手伝いをしてもらい、この三寺社を見学することにしました。

まずは南宗寺です。南宗寺は前回、前々回も公開されていたのですが、今回は上の重要文化財である唐門が開門され、ここから南宗寺に入ることができるようになったことが公開のポイントです。唐門は征夷大将軍と堺奉行にだけ通行が許された門であり、歴代の堺奉行は就任後、この唐門を通って参詣したとのことです。
実際にこの唐門には徳川家の葵の紋が用いられています。

唐門を通ると、この徳川家康の墓の前に到着します。この徳川家康の墓は戦後、水戸徳川家家老の子孫である三木啓次郎や松下電器の松下幸之助らが建立したものです。この墓のあった場所にはかつて東照宮拝殿があり、徳川家康と縁のある場所といえます。
ちなみに、観光ガイドのボランティアの方によると、松下幸之助が「ナショナル」でテレビ放映するコンテンツを三木啓次郎に相談したところ、明るいナショナルのイメージから水戸黄門を薦め、松下幸之助は水戸黄門が続く限りスポンサーを続けるといった逸話があるそうです。

なぜ、この南宗寺に徳川家康の墓があるのでしょうか?実は徳川家康は大坂夏の陣のとき、槍で突かれ、討ち死にしたという伝説がこの南宗寺にはあります。合戦中のため、家康の死は秘され、遺骸を南宗寺の開山堂の下へ仮に葬り、その後、上写真の無銘の供養塔が建てられたとされています。ちなみに、その後の家康は影武者が務めたとのことです。この無銘の供養塔では十分ではないという話が出て、三木啓次郎や松下幸之助らが徳川家康の墓を建立することになったそうです。
この話について、伝説の域を出ないのですが、この南宗寺に2代将軍秀忠、3代将軍家光が相次いで参詣していることも前の伝説が語られている要因と考えられています。

次は大安寺です。場所は南宗寺のほぼ隣といってもよいくらいの場所にあります。ここではやはり重要文化財に指定されている本堂と本堂内にある同じく重要文化財の狩野派の襖絵が公開されました。以前の公開よりも近くで襖絵を見ることができました。なお、襖絵の撮影が禁止されていたので、代わりに大安寺の枯山水をアップしておきます。

最後は妙国寺です。今回のテーマでは信長と縁のある蘇鉄が有名です。妙国寺から株を分けられ、安土城に植えた蘇鉄が「堺に帰りたい」の泣き叫び、信長がその蘇鉄を切らせたところ、赤い血のような液体を出し、恐ろしくなった信長が蘇鉄を妙国寺にもどしたというのが大まかなあらすじです。上の写真は安土城から戻ったとされる天然記念物の蘇鉄です。
妙国寺には安土城には行かなかった蘇鉄もあるのですが、こちらは天然記念物には指定されていません。こちらの方が立派なのですが、逸話のあるなしで大きな違いがでている例です。おや、秀吉の話はどうしたのか、という人もいらっしゃると思いますが、今回の文化財公開に当たり、大阪城から秀吉の朱印状が妙国寺に戻っており、これがここで公開されていました。この妙国寺は本能寺の変のとき、家康が宿泊しており、ここから伊賀越えをし、三河まで帰りました。
秋季に文化財公開があると思いますので、西脇から堺にまた行きたいと思います。
私は徳島から(結婚式出席のため)名古屋経由で堺に来た母に転居の手伝いをしてもらい、この三寺社を見学することにしました。

まずは南宗寺です。南宗寺は前回、前々回も公開されていたのですが、今回は上の重要文化財である唐門が開門され、ここから南宗寺に入ることができるようになったことが公開のポイントです。唐門は征夷大将軍と堺奉行にだけ通行が許された門であり、歴代の堺奉行は就任後、この唐門を通って参詣したとのことです。

唐門を通ると、この徳川家康の墓の前に到着します。この徳川家康の墓は戦後、水戸徳川家家老の子孫である三木啓次郎や松下電器の松下幸之助らが建立したものです。この墓のあった場所にはかつて東照宮拝殿があり、徳川家康と縁のある場所といえます。
ちなみに、観光ガイドのボランティアの方によると、松下幸之助が「ナショナル」でテレビ放映するコンテンツを三木啓次郎に相談したところ、明るいナショナルのイメージから水戸黄門を薦め、松下幸之助は水戸黄門が続く限りスポンサーを続けるといった逸話があるそうです。

なぜ、この南宗寺に徳川家康の墓があるのでしょうか?実は徳川家康は大坂夏の陣のとき、槍で突かれ、討ち死にしたという伝説がこの南宗寺にはあります。合戦中のため、家康の死は秘され、遺骸を南宗寺の開山堂の下へ仮に葬り、その後、上写真の無銘の供養塔が建てられたとされています。ちなみに、その後の家康は影武者が務めたとのことです。この無銘の供養塔では十分ではないという話が出て、三木啓次郎や松下幸之助らが徳川家康の墓を建立することになったそうです。
この話について、伝説の域を出ないのですが、この南宗寺に2代将軍秀忠、3代将軍家光が相次いで参詣していることも前の伝説が語られている要因と考えられています。

次は大安寺です。場所は南宗寺のほぼ隣といってもよいくらいの場所にあります。ここではやはり重要文化財に指定されている本堂と本堂内にある同じく重要文化財の狩野派の襖絵が公開されました。以前の公開よりも近くで襖絵を見ることができました。なお、襖絵の撮影が禁止されていたので、代わりに大安寺の枯山水をアップしておきます。

最後は妙国寺です。今回のテーマでは信長と縁のある蘇鉄が有名です。妙国寺から株を分けられ、安土城に植えた蘇鉄が「堺に帰りたい」の泣き叫び、信長がその蘇鉄を切らせたところ、赤い血のような液体を出し、恐ろしくなった信長が蘇鉄を妙国寺にもどしたというのが大まかなあらすじです。上の写真は安土城から戻ったとされる天然記念物の蘇鉄です。
妙国寺には安土城には行かなかった蘇鉄もあるのですが、こちらは天然記念物には指定されていません。こちらの方が立派なのですが、逸話のあるなしで大きな違いがでている例です。おや、秀吉の話はどうしたのか、という人もいらっしゃると思いますが、今回の文化財公開に当たり、大阪城から秀吉の朱印状が妙国寺に戻っており、これがここで公開されていました。この妙国寺は本能寺の変のとき、家康が宿泊しており、ここから伊賀越えをし、三河まで帰りました。
秋季に文化財公開があると思いますので、西脇から堺にまた行きたいと思います。
2009年6月15日月曜日
笹の葉ラプソディが放送されていましたね。
涼宮ハルヒの憂鬱の「ミステリックサイン」「孤島症候群(前・後編)」の3話が既に放送され、次に新作の「エンドレスエイト」が放送されるかもしれないというときに、「笹の葉ラプソディ」の話題をするのも遅いとおもいますが、なにぶん転居の影響がありましたので、ご勘弁をお願いします。
さて、富山・高岡に小旅行に行くため、夜行バスに乗っている間の5/22の0:40にサンテレビで「笹の葉ラプソディ」が放送されました。この「笹の葉ラプソディ」は主人公であるキョンが朝比奈みくるとともにある年の七夕から3年前の七夕にタイムトラベルし、「涼宮ハルヒの憂鬱I」で谷口が語った東中・校庭落書き事件を中心に、トラブルが発生したものの無事に元の年の七夕に戻る話であり、今後放送されると思われる新作の重要な伏線が詰まった話でもあります。
3年ぶりの新作について、個人的には満足しました。時間の尺の都合もあり、いくつか原作にあった台詞が抜けていますが、キーとなる台詞は残っているので、問題ないと思います。また、やや絵の雰囲気が変わったような感じを受けましたが、細かな動きも描かれており、十分許容範囲と思います。また、キャストも1期と同じであり、キョンの語りが相変わらず良かったですね。
また、よく見ると、未放映の伏線らしき画面もあったり、また、古泉曰く、機関が注目しているのは(チェスの)クイーン(に相当する存在)であるという場面でチェスのクイーンの駒とキョンがフレーム内に収まっているのも興味深いですね。キョンはクイーン(=女性、涼宮ハルヒ)と解釈したようですが、おそらく、古泉はクイーン=キョンであると言及していると思われます。いずれにしても今後の放送が楽しみです。
新エンディングについても、ユニークなものではなく、正統なものですが、いいと思います。1期のダンス付きのエンディングと同じようなものをしても、面白くはないですからね。
なお、「盲腸線の旅」の著者としては、作中の阪急甲陽線のパンタグラフが異常に大きかったのが少し気になりました。(さらに、詳しくみると、実際の甲陽線のパンタグラフは甲陽園駅側にあると思いますが、作中では夙川駅側にあるのも少し気になりました。)
いよいよ、今週「エンドレスエイト」が放送される、はずです。繰り返される8月後半をどう描くのかが楽しみです。
さて、富山・高岡に小旅行に行くため、夜行バスに乗っている間の5/22の0:40にサンテレビで「笹の葉ラプソディ」が放送されました。この「笹の葉ラプソディ」は主人公であるキョンが朝比奈みくるとともにある年の七夕から3年前の七夕にタイムトラベルし、「涼宮ハルヒの憂鬱I」で谷口が語った東中・校庭落書き事件を中心に、トラブルが発生したものの無事に元の年の七夕に戻る話であり、今後放送されると思われる新作の重要な伏線が詰まった話でもあります。
3年ぶりの新作について、個人的には満足しました。時間の尺の都合もあり、いくつか原作にあった台詞が抜けていますが、キーとなる台詞は残っているので、問題ないと思います。また、やや絵の雰囲気が変わったような感じを受けましたが、細かな動きも描かれており、十分許容範囲と思います。また、キャストも1期と同じであり、キョンの語りが相変わらず良かったですね。
また、よく見ると、未放映の伏線らしき画面もあったり、また、古泉曰く、機関が注目しているのは(チェスの)クイーン(に相当する存在)であるという場面でチェスのクイーンの駒とキョンがフレーム内に収まっているのも興味深いですね。キョンはクイーン(=女性、涼宮ハルヒ)と解釈したようですが、おそらく、古泉はクイーン=キョンであると言及していると思われます。いずれにしても今後の放送が楽しみです。
新エンディングについても、ユニークなものではなく、正統なものですが、いいと思います。1期のダンス付きのエンディングと同じようなものをしても、面白くはないですからね。
なお、「盲腸線の旅」の著者としては、作中の阪急甲陽線のパンタグラフが異常に大きかったのが少し気になりました。(さらに、詳しくみると、実際の甲陽線のパンタグラフは甲陽園駅側にあると思いますが、作中では夙川駅側にあるのも少し気になりました。)
いよいよ、今週「エンドレスエイト」が放送される、はずです。繰り返される8月後半をどう描くのかが楽しみです。
2009年6月12日金曜日
富山・高岡小旅行(5/22)

また5月の話題で申し訳ないですが、4月中旬頃に雪をかぶった立山連峰を背景にした富山ライトレールと富山地方鉄道の写真を撮ることを企画し、特急サンダーバードの切符を格安チケット屋で購入していました。期限は6月中旬までだったので、5月~6月にかけて行こうとしていましたが、急遽6月に兵庫県・西脇市への転勤が決まったため、5月22日に代休をとり、転居の準備に忙しいにもかかわらず富山に行くこととしました。
少々、曇りがちでしたが、立山連峰の姿も見ることができたのは幸いでした。まずは岩瀬浜付近の富山ライトレールの写真です。

続いて、富山大橋を走る富山地方鉄道の写真です。

ひととおり、立山連峰を背景にした写真を撮影した後、富山駅前よりバスに乗り、富山新港の渡船に乗ることにしました。富山駅前を出発したときには大勢の人々がいたこのバスも渡船の堀岡発着場に近づくと私の貸切バス状態となりました。
ちなみに、この富山駅前(正確には新富山)電停と堀岡発着場までの間は射水線という鉄軌道があり、富山新港の整備により、現在の万葉線と分断され、廃止に至りました。

堀岡発着場からこの渡船で越ノ潟発着場まで向かいます。富山県営の渡船は前述した射水線の代替交通のためか、無料です。

越ノ潟からは万葉線に乗り、高岡駅前に向かいます。ちょうど赤いアイトラムが到着しました。この後、万葉線の電停写真を撮り直しに奔走することとなりました。
翌日は堺で三寺社での文化財公開がありましたので、日帰りで戻りました。
次回は堺の三寺社での文化財公開ではなく、「笹の葉ラプソディ」についてです。
2009年6月10日水曜日
2009年黄金週間(5/10)

転居の準備で鬱々真っ盛りだったため、昼食をとるため、堺駅に向かいました。そうしたら、堺魚市場でイベントが行われており、ちょうど風船を使ったショーが行われていました。

せっかくなので、ここでベトナム料理やインド料理を食べ、若干心を落ち着けた後、再び家に戻り、転居準備を行いました。
今回の黄金週間は直前に転勤の内示を受け、五連休以外の土休日は転居準備にするはめになったばかりでなく、その五連休には高熱を出すなど、随分と予定が狂いました。秋の五連休は無事なことを希っております。
2009年黄金週間(5/9)

今は昔、未だ堺なる町に住みたるときのこと。転居の急ぎ(準備)により、稍鬱気味になりたる為、気晴らしせむと思い、福島に在りし病院からの帰りに近場の何処へ立ち寄ることとしたり。弁天町より中央線に乗り、4年に1度開催されたる食博覧会会場の南港インテックス大阪へ向かいたり。

食博覧会で昼食を食ぶるものの、限界あり。どうせむか考へたりしところ、焼酎ブースを発見せり。

こは酒の試飲をせばよいのにあらずやと思い、麦、 芋、米焼酎、泡盛、少量といえど、そのまま飲みたり。案通り、すなはち酔ひが回り始めしものの、酒飲むと、心地高揚し、調子乗りて、赤ワイン3種飲み、青島ビール、ハイボール、日本酒の試飲を行ひ、挙げ句に大吟醸を飲み干ししときにはやや後悔し始めり。「これにて帰りしは転居の準備ができなくなるや。」

酔ひ覚ますため、WTC展望台にてゆっくりくつろがむとせしものの、例癖にて写真をついつい撮影せしめたため、WTCより出でしときはひたぶるに暗くなりき。このため、翌日、転居の準備に追はるることとなり、鬱心地が増加したりとなむ語り伝えたるとや。
次回、2009年黄金週間(5/10)は普通に記述します。
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