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2009年7月22日水曜日

2週連続で長距離ドライブとは………

7月18日~20日は海の日の絡んだ三連休です。7月18日にOさんの写真展を見た後、7月19日にETC(カードと機械の両方)が設置され、いよいよ私の先代のメインPCのメンテナンスと両親へのレクチャーを兼ね、西脇から徳島へ行くことになりました。
荷物もたくさんあるため、小野から山陽自動車道、神戸淡路鳴門自動車道を通り、徳島まで行くことにしました。


淡路SAでのマイカー(2009年7月19日)

というわけで、明石海峡大橋を渡り、淡路SAで一休みです。


明石海峡大橋・淡路SAより(2009年7月19日)

明石海峡大橋は様々な角度(舞子側、橋の下の海、橋上空、神戸空港等)から撮影しましたが、今回の場所は自動車があって初めて撮影できた場所です。


神戸市街と須磨の山(2009年7月19日)

同じく、淡路SAより須磨の山と神戸市街です。神戸市街が霞んでいます。
淡路SAを後にし、大鳴門橋を越え、鳴門、徳島へと向かいました。徳島の道を改めてみると、道幅が広く、車線が多いことに改めて気づき、やはり県庁所在地は違うなと感じました。(今までは大阪や堺が比較対象だったから、あまりかんじなかったのかもしれません。)
家に到着すると、親父が早速、「おおっ!電気屋行って、プリンターと掃除機を買うから、(車に)乗せてくれ。」
「もしかして、はじめから私の車待ちだったのか?」と思いつつ、近くの電気屋に向かい、プリンターと掃除機の購入を手伝いました。
自動車を親戚の駐車場に泊め、早速パソコンとプリンターのセットアップを行い、無事に5月以来の仕事を終え、両親宅もインターネット環境が整いました。
翌日、再び自動車に乗り、西脇へと帰りました。


大鳴門橋・淡路島南PA(2009年7月20日)

ただ、まっすぐに帰るのでは面白くなかったので、淡路島南PAで大鳴門橋を撮影しました。
ちなみに、明石海峡大橋及び大鳴門橋の車載動画も撮影したのですが、現在編集作業中です。
次は広島かな?

2009年5月12日火曜日

2009年黄金週間(5/4、5/5徳島滞在編)

徳島・北沖洲(2009年5月4日)

5/3夕方に徳島の両親の実家に到着し、5/2に発送したPC、ディスプレイ、液晶テレビ、HDDレコーダー、地デジチューナーを翌5/4にセットアップしました。と同時に、webカメラとskypeの受話器を上写真近くのケーズデンキで購入し、親父を後刻連れ、インターネットサービスの申し込みを行いました。
これで、徳島でもネット環境が整い、skypeでテレビ電話が無料でできる準備が整ったと安心したのでしょうか。もしくは、前日のハードな高知観光が祟ったのでしょうか。5/4深夜、おそらく過労による高熱(39℃)をだしたため、私は息絶え絶えになってしまいました。
その様子を見た両親は救急車を呼び、私は病院に搬送されることになりました。私は時期が時期だけに救急車を拒否したのですが、病人の立場なので、従わざるを得ませんでした。
救急車の中の担架に寝かされると、
「最近、海外渡航されたことがありますか?」
救急隊員にまず聞かれました。やはり、新型インフルエンザ感染の疑いがかけられているよ~。だから、嫌だったのに~~。
続いてどこに行ったかを訪ねられたので、5/2~5/4までの梅田から徳島までの旅程を説明し、その後様々な質問に対し、回答することになりました。
病院に着くと、マスクと防護服を着た医師が、A型かB型のインフルエンザの検査を行い、一人だけ別室で隔離され、30分ほど待機させられました。両親も別室の待合室で待機させられていたようです。親父にとっては、5/4午前にたまたま同じ病院に見舞いに行っていたので、「1日に同じ病院を2度訪れるとは。」とぼやいていました。
(当然)インフルエンザウイルスが検出されなかったため、頓服の解熱剤をもらい、その日は帰ることになりましたが、翌日には保健所から確認の電話が入りました。こういったことはあまり体験したくはなかったですが、貴重な体験には違いありませんでした。
翌5/5に帰阪しようと考えていましたが、じっくり体を休養するため、滞在を1日延ばし、5/6に帰阪することになりました。
次回に続きます。