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2014年3月1日土曜日

年末年始旅行(2013~2014年)(15)大阪宿泊・京阪堺移動編


蹴上駅から京阪山科駅に戻り、JR山科駅(A)で乗り換えました。目的は14:15発の関空特急はるかに乗車し、天王寺駅から阪堺電車に乗ろうという算段でした。
ところが、乗車した14:08発の新快速・網干行きが京都駅(B)に到着したのは14:13を少し過ぎていました。さすがに、乗り換えができるはずもなく、購入した自由席特急券をどうするか思案することとなりました。


思案した結果、14:49発のひかり471号岡山行きに乗車することにしました。帰省ラッシュもあったので、デッキに乗車し、京都(A)から新大阪(B)に向かいます。


新大阪駅(A)で在来線であるJR京都線に乗り換え、そのまま大阪駅に向かいます。

大阪駅でJR大阪環状線に乗り換え、内回りで新今宮駅に向かい、新今宮駅で南海本線に乗り換え、堺駅(B)まで向かいます。
堺駅から南海バスで弟のどりあん邸に向かい、どりあんと合流し、友人との忘年会を行うため、北花田駅に向かいます。


北花田駅(B)には堺東駅(A)からバスで向かいます。予定より早く到着したので、北花田駅前にあるイオンモール堺北花田で時間をつぶすことにしました。おかけで、2冊の本(「シュリーマン旅行記 清国・日本」「朝鮮紀行」)を購入することになりました。


現地集合だったので、歩いて「ときはま線」を南下し、かごの屋で忘年会をすることになりました。病気や入院の話題で盛り上がり、我々もすっかり歳をとったと感じました。


楽しい1次会の後、カラオケで2次会を1次会同様に楽しく行いました。こうして1年の最後を飾る恒例行事が終了し、私とどりあんはどりあん邸に戻りました。

2012年7月31日火曜日

臨時に堺へ行きましたので。

諸般の事情で、土曜日に転勤前の事務所へ行くことになりました。
用事が済んだ後、せっかく堺に来ていることもあり、毎度おなじみの堺浜楽天温泉に向かい、そこで温泉に浸かり、足裏マッサージをした上、一晩泊まり、久しぶりに大阪の街と鉄分補給をしておこうと思います。



堺駅前に自家用車を駐車し、堺駅から南海本線でまず難波駅に出ました。南海の難波駅から近鉄の大阪難波駅まで地下道を歩いているにもかかわらず、ムンムンと蒸し暑さが私の体から大量の汗を噴出させています。
大阪難波駅で旧生駒トンネルの見学ツアーのキャンセル待ちがないことを確認すると、近鉄電車で鶴橋駅に向かい、JR大阪環状線に乗り換えました。
JR大阪環状線の桃谷駅で動画撮影をしばらく行いましたが(上の写真のように静止画も撮影しましたよ。)、さすがの暑さに次の目的地である日本橋筋商店街に向かいます。



 桃谷駅からJR大阪環状線で天王寺駅に向かい、上の写真のとおり、天王寺駅で少し阪和線を撮影した後、天王寺駅で地下鉄御堂筋線に、次の動物園前駅で地下鉄堺筋線に乗り換え、恵美須町駅で下車しました。
恵美須町駅から堺筋を徒歩で北上し、途中、餃子の王将の前で西のメロンブックス方面へ曲がり、通称オタロードを北上しました。途中のPCパーツの物色をしていたのですが、特に成果もなく、ゲームセンターに突入しました。ここではHTT最後の一人を取りに入ったのですが、これは次のネタで述べます。
無事に目的を果たした後、次は道具屋筋の業務用商品を扱うスーパーに入り、皮蛋(ピータン)、業務用カレー缶及びとんでもない業務用デザート材料を購入しました。これはHTT最後の一人の次のネタで述べます。



いろいろと寄り道をした後、ようやく南海の難波駅に戻りました。しんどかったので、普通車で堺駅まで帰ることにしました。
堺に戻り、自家用車に乗り込み、大浜出入口から、阪神高速4号湾岸線、5号湾岸線、3号神戸線、第2神明道路、国道175号線を経由して、自宅に戻りました。途中、伊川谷のゲームセンターでゲームをし、加東市にあるディーラーで車を洗浄しましたが。

2012年5月10日木曜日

2012年黄金週間・第8日目(5/5)

いよいよGWも8日目となりました。
堺のどりあん邸を出発し、礼服と背広を馴染みのクリーニング店に出し、いよいよ撮り鉄に出発です。撮り鉄をするので、鉄道と相性の悪い自家用車は堺に駐車させたままにします。前日の21時くらいに駐車させているので、20時までに戻れば、700円で済むことになります。とはいえ、礼服と背広を回収するので、確実に18時頃には堺に戻るつもりですが。
今回の撮り鉄のターゲットを近鉄南大阪線とJR阪和線とし、天王寺(阿部野橋)にあるあべのマーケットパークキューズモール(以下、キューズモール)も見て回ることにします。
その前に、朝食としてご飯が美味しい「げこ亭」(おかずも美味しいですよ)及びデザートとして氷くるみが美味しい「かん袋」で摂ることにします。
さて、贅沢な朝食を摂った後、堺から天王寺に向かうことになるのですが、ここは200円で行くことができる我らが阪堺電車に乗ることにします。



阪堺電車で天王寺駅前電停に到着した後、すぐに近鉄南大阪線のターミナル駅、大阪阿部野橋駅へとむかいます。 では普通電車に乗り、久しぶりに動画を撮影することにします。動画は高々架の河堀口駅と新幹線型の退避駅である今川駅で撮影しました。



近鉄南大阪線の撮影が終わり、天王寺に再び戻ったときには昼食の時間となりました。せっかくなので、キューズモールに行きます。
ちなみに、天王寺界隈には何度か来ていますが、キューズモールに来るのは初めてです。
このキューズモールは再開発を手がけた東急不動産のウェブサイトによると、昭和50年代に始まったこの阿倍野地区の再開発事業の最終章と位置づけられるものとのことです。



ということで、キューズモールをうろうろしていると、私の記憶に残っているグリルマルヨシがキューズモールで営業していました。

2008年6月11日水曜日

南海本線人身事故によるダイヤ混乱に巻き込まれた

私は普段は自転車通勤をしているため、平日、鉄道に乗ることはほとんどなく、当然のことながら、人身事故によるダイヤの乱れに巻き込まれることもほとんどないのですが、今日南海本線のダイヤの乱れに巻き込まれました。
仕事終了後、JR今宮駅前のコーナンで買い物をするため、小雨が降る中、南海本線・堺駅に自転車で向かい、南海本線で新今宮駅まで順調に辿り着きました。JR大阪環状線の外回り(弁天町、西九条方面)ホームで電車を待っていると、「南海本線・羽倉崎駅で人身事故、南海本線でダイヤの乱れが生じました。」と乗務員待機室から音声が聞こえてきました。
おいおい、よりによってたまたま大阪市内にでた時に、ダイヤが乱れるとは。と舌打ちをしながら、とりあえず当面のコーナンで買い物を済ませ、JR今宮駅でどうやって帰るかを考えました。
  1. 隣の新今宮駅に戻り、ダイヤの乱れている南海本線で帰る。(ダイヤの乱れは始まったばかりであり、時間が読めそうになく、人でいっぱいそうなので、却下。運賃は370円)
  2. 隣の新今宮駅に戻り、南霞町から阪堺線で帰る。(確実に帰れそうだけど、振替輸送で人が多いかもしれず、自転車が堺駅前にあり、降雨の中、歩くのも面倒なので、却下。運賃は410円)
  3. 隣の新今宮駅に戻り、南海高野線で堺東駅に行き、南海バスで堺駅に帰る。(これも確実にしかも速く帰れそうだけど、普通に人が多そうであり、運賃が高くなるので、却下。運賃は570円)
  4. 隣の芦原橋駅に行き、大阪市営バス29系統、29A系統(新阪堺ルート)を乗り継いで帰る。(時間はかかりそうだが、あまり知られていないため、ゆっくりと座って帰れ、堺駅にもどれるので、採用。運賃は320円)

    2008年06月11日芦原橋駅前

    というわけで、芦原橋駅に降り立つことになりました。この阪堺電鉄陸橋の下にある芦原橋駅前バス停から市バス29系統に乗りました。予想通り、人もそれほど多くなく、座席に座ることができました。


    2008年06月11日堺駅西口バス停

    くつろぎながら、地下鉄住之江公園バス停まで行き、市バス29A系統に5分足らずで乗り換えることができ、やはり座って堺駅西口バス停までくつろぎながら戻って来ました。


    2008年06月11日・南海本線ダイヤ乱れる 

    南海本線堺駅を除いてみると、掲示がされており、ダイヤは相当乱れていたようです。市バスで帰ってきたのはやはり正解だったようです。早々に家に戻りゆっくりとくつろぐことにしました。よかった、よかった。

    2008年3月1日土曜日

    盲腸線の旅(第41回)~JR紀勢線(和歌山駅~和歌山市駅)・和歌山市駅

    JR紀勢線・和歌山市駅・2番ホーム(紀勢線用)(2007年12月31日)

    今回はJR紀勢線(和歌山駅~和歌山市駅)の和歌山市駅です。和歌山市駅は島式ホーム1面と櫛形ホームによる3面6線(現在は3面5線が使用されています。)となっています。和歌山市駅は南海本線の和歌山市におけるターミナル駅であり、JR紀勢線は和歌山市駅の2番ホームから発着します。かつては2番ホームの駅ビル側に1番ホームがありましたが、廃止され、駐車場となっています。なお、2番ホームは行き止まりとなっています。


    JR紀勢線・和歌山市駅・構内改札(2007年8月13日)

    和歌山市駅は南海電気鉄道の管轄駅であり、JR紀勢線の2番ホームと南海本線の3番降車ホームは上写真のように同一プラットホーム上にありますが、両者の間には柵と中間改札が設置されており、お互いには行き来できないようになっています。なお、中間改札には磁気式の自動改札機と南海側にはICカード用の簡易改札機が設置されています。


    JR紀勢線・和歌山市駅・駅ビル(2007年8月13日)

    この和歌山市駅が南海電気鉄道の駅であることは、南海のロゴがあり、JRのロゴがないこの駅ビルを見ればわかります。


    JR紀勢線・和歌山市駅・南海本線ホーム(2005年11月23日)

    3~5番ホームが南海本線・和歌山港線のホームとなっています。このうち、3番ホームは行き止まりとなっており、4~5番ホームが南海本線・和歌山港線直通となっています。


    JR紀勢線・和歌山市駅・加太線ホーム(2003年11月3日)

    島式ホームにある6番ホームは南海加太線ホームとなっており、この和歌山市駅で折り返し運転を行っています。


    JR紀勢線・和歌山市駅・旧和歌山港線普通車ホーム(2003年11月3日)

    島式ホームの南海加太線と同じ側にある7番ホームは現在は使用されていませんが、かつて南海和歌山港線の普通車用ホームがありました。和歌山港線普通車が運行されていた頃は、この7番ホームもJRの2番ホームと同様、柵と中間改札で他のホームと仕切られていました。



    JR紀勢線・和歌山市駅・6番7番ホーム間(2003年11月3日)


    なお、加太線(6番ホーム)と和歌山港線普通車用ホーム(7番ホーム)との間に双方の線路終端標識が立てられ、砂利が盛られ、枕木が置かれています。しかし、線路と架線はつながっています。


    JR紀勢線・旧国社分界点(2003年11月3日)

    南海本線が紀ノ川を越え、新たなターミナル駅として和歌山市駅を設置した時、旧和歌山駅(現紀和駅)と和歌山市駅を結ぶ連絡線1.5kmを紀和鉄道と南海鉄道がそれぞれ敷設したことが紀和駅~和歌山市駅間の路線のはじまりです。
    紀和駅から0.5kmを紀和鉄道が、和歌山市駅から1.0kmを南海鉄道が敷設しました。その両者の境界(国社分界点;敷設当時は別の名称のはずですが、便宜上後世の表現を用います。)が上の写真の場所となります。ただし、現在は高架工事中のため、この辺りの様子は大きく変化しています。
    その後、紀和鉄道は関西鉄道、国鉄と変遷しましたが、和歌山市駅からの1.0kmの路線(南海国社連絡線)を南海が所有していました。つまり、国鉄の車両は他社の路線を通り、紀勢線の終点である和歌山市駅へ行っていました。しかし、国鉄の分割民営化され、JR西日本が誕生して以降、南海はJR西日本に対し、この国社連絡線を丸ごと貸与しました。つまり、貸与とはいえ、JRの車両は自社の路線を通り、和歌山市駅に行くようになりました。
    紀勢線(和歌山駅~和歌山市駅間)は和歌山の二大ターミナル駅を結んでいるにもかかわらず、1時間に1~2本しか運行されないローカル路線であり、高架化が行われるものの、将来的にあまり劇的な変化は起こらないものと思われます。
    紀勢線(和歌山駅~和歌山市駅間)は今回で終了です。
    次回は近鉄道明寺線・道明寺駅の予定です。

    2007年11月25日日曜日

    盲腸線の旅(第33回)~南海多奈川線・みさき公園駅

    今回は南海多奈川線の起点、みさき公園駅です。
    南海多奈川線は泉南郡岬町に敷設された2.6kmの路線で、駅はこのみさき公園駅、深日町駅、深日港駅及び多奈川駅の4駅です。そもそも、戦時中の1944年(昭和19年)、岬町に疎開してきた軍需工場の通勤運輸のために開業しました。

    南海・多奈川線・みさき公園駅・5番ホーム(2006年9月3日)

    みさき公園駅は島式ホームの2面5線の盛土駅であり、1番と2番ホームの島式ホーム、3番と5番ホーム、3番ホームの和歌山市側を切り欠いた4番ホームがある島式ホーム2つで構成されています。多奈川線はそのほとんどが5番ホームより発着しています。
    次回は深日町駅の予定です。

    2007年11月4日日曜日

    盲腸線の旅(第30回)~南海高師浜線・羽衣駅

    今回は南海高師浜線の起点、羽衣駅です。
    南海高師浜線は白砂青松といわれた浜寺の南側にある海浜地区に敷設された1.5kmの路線で、駅はこの羽衣駅、伽羅橋駅及び高師浜駅の3駅です。


    南海・高師浜線・羽衣駅・3番線高師浜線ホーム(2006年9月3日) 

    羽衣駅は2面3線の橋上駅であり、高師浜線は3番ホームとして、2番ホームである南海本線上りホーム(難波方面)の後方を切り欠いた部分にあります。


    南海・高師浜線・羽衣駅南海本線ホーム(2006年9月3日) 

    こちらは南海本線のホームで、2番ホーム後方から撮影したものです。右側が単式ホームである1番線南海本線下りホーム(和歌山市方面)、左側が2番ホームとなります。


    南海・高師浜線・羽衣駅・仮ホーム(2007年11月3日) 

    2007年11月現在、羽衣駅は高石市内における南海本線・連続立体交差事業による高架化工事中です。このため、仮設ホームが高師浜線ホームの西側(海側)に設置されつつあります。このため、この風景もまもなく見納めとなります。
    余談ですが、現在南海本線は石津川以南の堺市内、この高石市内、及び泉大津市内の連続立体交差事業による高架化が進行しているため、石津川~大津川までの南海本線の様子は激変するものと思われます。
    更に余談ですが、この「盲腸線の旅」の企画準備中(2006年秋頃)では、この南海高師浜線・羽衣駅が第1回の予定でしたが、「夙川公園へ花見に行く」の影響を受け、阪急甲陽線・夙川駅が第1回になりました。
    次回は伽羅橋駅の予定です。

    2007年10月15日月曜日

    ドラマのロケ現場を見学した。

    ドラマの撮影 in 浜寺公園駅

    2007年9月30日、貝塚から堺市内の自宅に戻るときに、たまたま阪堺線へ乗り換えるため、浜寺公園駅に降りたところ、なにやら人だかりがあるのを見ました。しかも、よく見ると、現代風の服装の中に、戦後すぐのような、しかも完全に冬の服装を着ている明らかに浮いている人たちがいました。
    現代風の服装をしたギャラリーの話し声を聞き取ると、どうやらNHKのテレビドラマのロケがこの浜寺公園駅で行われるらしいとのこと。どうせ、暇だし、ロケでも見学をすることにしました。
    上の写真は撮影が始まる30分以上前のもので、手前の方々がロケを見学しているギャラリー、奥の人たちがエキストラの方々です。改札口跡の場所にセットが組み立てられ、戦後すぐのようなポスターがたくさん貼られているようでした(写真中央)。(本番での写真撮影はスタッフの方から厳重に禁止されていましたので、撮影しておりません。)
    セットの位置の確認、エキストラの方々の立ち位置の確認、演技の確認等があり、私が浜寺公園駅を降り、リハーサルが行われるまで1時間程度経過しました。その間にもギャラリーは増えてきました。
    リハーサルが行われた後も、特急ラピートやサザンが通過し、なかなか本番が始まりませんでしたが、いよいよ本番となったときに、主演女優が登場しました。
    本番は1回では終わらず、2回目でOKが出ました。この後、すぐに撤収作業が始まり、あっという間に撮影が終了しました。わずか1分たらずの撮影のために1時間以上の準備がロケ撮影には必要なことがわかり、大変な仕事だと改めて思いました。
    ところで、遠目だったのと、何のドラマのロケなのかわからなかったこともあり、主演女優が誰かわかりませんでした。とほほ。(後で、ウェブサイトで調べたところ、この11月下旬にNHKで3夜連続で放送される「海峡」というドラマで、主演女優の長谷川京子さんがいらっしゃたようです。)

    2007年10月9日火曜日

    盲腸線の旅(第29回)~南海汐見橋線・岸里玉出駅

    今回は南海汐見橋線の終点、岸里玉出駅です。
    南海本線が地平を走っていた時代、南海高野線(汐見橋駅~極楽橋駅間)は南海本線をオーバークロスしていましたが、南海本線が高架になり、南海高野線は岸里玉出駅で分断されることになりました。

    南海・汐見橋線・岸里玉出駅・汐見橋線ホーム(2007年6月16日)

    岸里玉出駅は高架駅であり、6番線の汐見橋線ホームは1面1線の単式ホームです。


    南海・汐見橋線・岸里玉出駅・南海本線ホームより(2007年6月16日)

    高野線ホームが1、2番線、南海本線ホームが3、4番線となっています。上写真でもわかるとおり、ホームのない難波方面行きの通過線があるため、5番線ホームがありません。
    汐見橋線は今回で終了となります。
    次回は南海高師浜線の羽衣駅の予定となります。

    2007年9月16日日曜日

    岸和田だんじり祭と岸和田駅

    岸和田だんじり2007・地車(2007年9月16日)

    昨日、今日と岸和田でだんじり祭りが行われました。だんじりビデオやDVDが岸和田商店街で売られているように、岸和田っ子はこの時期になると居ても立っても居られないというほどの祭りです。
    堺っ子の私もせっかくの祭りを見物することにしました。
    この岸和田のだんじり祭りはすっかり全国区になり、しかも祭礼日を土日に設定したため、見物客がいっぱい来ていました。


    岸和田だんじり2007・臨時切符売場(2007年9月16日)

    岸和田駅でも1年のうち、最も乗降客が多くなる岸和田のだんじり祭りに対応するため、南海電鉄も職員を一時的に増員し、臨時切符売場や精算所、臨時改札を設置していました。


    岸和田だんじり2007・臨時改札口PiTaPa(2007年9月16日)

    ではPiTaPaはどうするのかなあ?と思っていたら、臨時の有人改札口に、「盲腸線の旅」の阪神武庫川線の東鳴尾駅、洲先駅でも登場したPiTaPa専用のIC読取り機を出場用として臨時に設置していました。
    なるほど、磁気カードは大がかりな自動改札機が必要になるけれども、ICカードはコンパクトなIC読取り機が必要になるだけなので、この点が優位なのか~と妙に感心した私でした。

    2007年8月14日火曜日

    南海線で2扉車に乗る

    南海・2000系・和歌山市駅(2007年8月13日)

    南海線のダイヤ改正が2007年8月11日に行われた後、初めて2扉車に乗ることになりました。まさか、徳島からの帰りの和歌山市駅でこの2扉車の乗ろうとは…。乗り心地も悪くなく、昼の普通車として、運用するのであれば、そんなに混雑することもないので、良いと思います。でも、何か私の中でひっかかるものがあるなあ~!

    2007年7月25日水曜日

    南海線に2扉車登場

    南海・岸和田駅プラットホーム(2007年7月16日)

    南海線のダイヤ改正が2007年8月11日に行われます。このダイヤ改正で高野線を走っていた17m2扉車の2000系が南海線の普通車として運用されるようです。このため、南海線のホーム上には17m2扉車と従来の21m4扉車用の乗車位置案内が貼られていました。上の写真は岸和田駅の2番線のものです。


    羽倉崎の2扉車(2007年7月22日)

    羽倉崎検車区に行ってみると、2000系が待機していました。わかりやすくするため、前面に「2扉車」がでかでかと掲示していました。
    個人的なことを言わせてもらえれば、2扉車と4扉車が混在すると、ちょっと面倒くさく、人が多いときにこの車両が来ると、ちょっと嫌ですね。実際、私が高野線沿線に住んでいたときに、次の急行が2扉車のときはそう感じていました。ただし、そのときはこの車両ではなく、形式が前の21000系や22000系だったからかもしれません。果たしてどうなるやら。実際に利用してみないとわかりませんね。

    2006年9月17日日曜日

    トホホな乗越

    この土日は福井鉄道に撮り鉄して参りました。
    これに伴い、名古屋鉄道・岐阜600V線区から福井鉄道へ譲渡された車両のアップを行い、「岐阜600V線区の電車」を更新しました。これで、岐阜600V線区の車両について、静態保存先、譲渡先の写真が全て揃いました。
    ところで、福井から大阪に帰るとき、新今宮駅で南海本線に乗りかえるために「福井~新今宮」の乗車券を購入しました。しかし、途中でJR阪和線の連続立体交差事業により、上下線が高架になったのを思い出し、その高架の車窓を見たくなり、途中でJR阪和線で帰ることにしました。ルートとして、下図の矢印のルートをとりました。(大阪駅からJR大阪環状線(赤線)内回りで天王寺駅まで、JR阪和線(橙線)でりんくうタウンまで行き、そこから南海(青線)に乗り換えて帰る方法を考えました。)

    今回のルート(2006年9月17日)

    りんくうタウン駅で自動精算機で精算すれば、問題ないだろうと思っていました。しかし、その考えは非常に甘く、下の切符は自動精算機では精算できませんでした。駅員に頼んで精算する手もあったのですが、南海が改札業務を行っているりんくうタウンで、下のようなけったいな切符の精算はお願いしにくく(新今宮も南海とJRの乗換駅で、南海の精算ではなく、JRの精算をお願いするのはねえ)、仕方なくこのまま関西空港駅まで行き、精算しました。


    普通乗車券(福井~新今宮)

    その結果、余計な時間と余計な2000円以上をかけて、戻って来ました。
    トホホ。