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2009年3月1日日曜日

盲腸線の旅(特別編第3回)~名鉄・モンキーパークモノレール線・動物園駅

名鉄・名鉄モンキーパークモノレール線・動物園駅・ホーム(2008年3月2日)

今回は名鉄・モンキーパークモノレール線・終点の動物園駅です。動物園駅は単式ホーム1面1線の地平駅です。


名鉄・名鉄モンキーパークモノレール線・動物園駅・留置線(2008年3月2日)

ホームの奥には増結用のモノレールが留置されています。


名鉄・名鉄モンキーパークモノレール線・動物園駅・改札口(2008年3月2日)

動物園駅の改札口は日本モンキーパークの入園口になっています。


名鉄・名鉄モンキーパークモノレール線・動物園駅・日本モンキーパーク(2008年3月2日)

ホームからは日本モンキーパークを見ることができます。
今回で盲腸線の旅・特別編の名鉄・モンキーパークモノレール線は終了です。次回は本編に戻る予定です。

2009年1月13日火曜日

盲腸線の旅(特別編第2回)~名鉄・モンキーパークモノレール線・成田山駅

名鉄・名鉄モンキーパークモノレール線・成田山駅・ホーム(2008年3月2日)

今回は名鉄・モンキーパークモノレール線の成田山駅です。成田山駅は単式ホーム1面1線の高架駅であり、同一ホームで犬山遊園駅行きと動物園駅行きのモノレールが発着します。


名鉄・名鉄モンキーパークモノレール線・成田山駅・駅舎(2008年3月2日)

犬山遊園駅側に駅舎がありますが、簡素な駅舎となっています。


名鉄・名鉄モンキーパークモノレール線・成田山駅・犬山成田山(2008年3月2日)

成田山駅の駅前には犬山成田山があります。犬山成田山は千葉県成田市にある成田山新勝寺の別院です。
次回はモンキーパークモノレール線の終点である動物園駅の予定です。

2009年1月10日土曜日

盲腸線の旅(特別編第1回)~名鉄・モンキーパークモノレール線・犬山遊園駅

今回より3回の予定で、2008年(平成20年)12月27日の運転を最後に廃止された名鉄・モンキーパークモノレール線を記述します。本来は現役のときに、この盲腸線の旅で紹介するつもりでしたが、間に合わず廃止直後に特別編としてお送りする事となりました。今回は起点の犬山遊園駅です。
モンキーパークモノレール線は愛知県犬山市にあり、犬山遊園駅と動物園駅を結ぶ1.2kmの路線で、駅は犬山遊園駅、成田山駅及び動物園駅の3駅がありました。
モンキーパークモノレール線は1962年(昭和37年)3月21日に日本初の跨座式モノレールとして開業しました。この路線で得た技術は東京モノレールなどに応用されました。


名鉄・名鉄モンキーパークモノレール線・犬山遊園駅・ホーム(2008年3月2日)

犬山遊園駅は1面1線の単式ホームとなっています。



名鉄・名鉄モンキーパークモノレール線・犬山遊園駅・犬山線とモノレール(2008年3月2日)

モンキーパークモノレール線のホームは犬山線ホームの上にありました。このため、モノレールから犬山線電車の屋根を見ることができました。


名鉄・名鉄モンキーパークモノレール線・犬山遊園駅・東口駅舎(2008年3月2日)

犬山遊園駅の東口の駅舎には「電車モノレールのりば」と大きく示されていましたが、このモノレールも廃止により乗る事ができなくなりました。なお、犬山線からモンキーパークモノレール線に乗り換えるには一旦改札を出なければなりませんでした。
次回はモンキーパークモノレール線・成田山駅の予定です。

2008年8月24日日曜日

盲腸線の旅(第51回)~近鉄信貴線・信貴山口駅

今回は近鉄信貴線の終点・信貴山口駅です。

近鉄・信貴線・信貴山口駅・ホーム(2006年10月9日)

近鉄信貴山口駅は頭端式ホーム2面1線の地上駅です。普段は上写真の右側のホームが乗降用として用いられています。


近鉄・信貴線・信貴山口駅・駅舎(2006年10月9日)

信貴山口駅は信貴線と西信貴鋼索線の乗換駅として当初から開業されています。
近鉄信貴線は平日・土休日とも1時間に4本程度が運行されています。


近鉄・西信貴鋼索線・信貴山口駅・ホーム(2006年10月9日)

西信貴鋼索線は信貴線ホームに対し、その東側にほぼ直角配置されています。普段は上写真の左側のホームが使用されています。


近鉄・西信貴鋼索線・高安山駅・ホーム(2008年4月26日)

西信貴鋼索線を登ると、高安山駅に到着します。通常は上写真の左側のホームが使用されています。


近鉄西信貴鋼索線・高安山駅・近鉄バス乗り場(2008年4月26日)

高安山駅には信貴山門バス停行きの近鉄バスが乗り入れています。ここから信貴山口バス停へと向かっています。かつてはこの高安山駅と信貴山門駅までの鉄道線がありましたが、バスに転換されました。
信貴山へは信貴山門バス停からすぐに行くことができます。
今回で近鉄信貴線は終了です。次回は阪急嵐山線・桂駅の予定です。

2008年7月11日金曜日

盲腸線の旅(第50回)~近鉄信貴線・服部川駅

近鉄・信貴線・服部川駅・ホーム(2006年10月9日)

今回は近鉄信貴線の服部川駅です。服部川駅は単式ホーム1面1線の地上駅であり、同一ホームで河内山本駅行きと信貴山口駅行きの電車が発着します。服部川駅付近は急勾配区間となっています。


近鉄・信貴線・服部川駅・駅舎(2006年10月9日)

ちなみに、信貴山口方面側に駅舎があり、ICカード乗車券用の自動改札機も設置されています。
次回は近鉄信貴線の終点・信貴山口駅です。

2008年7月1日火曜日

盲腸線の旅(第49回)~近鉄信貴線・河内山本駅

今回は近鉄信貴線の起点、河内山本駅です。
近鉄信貴線は近鉄大阪線との接続駅である河内山本駅と西信貴鋼索線との接続駅である信貴山口駅を結ぶ2.8kmの八尾市内の路線で、駅は河内山本駅、服部川駅及び信貴山口駅の3駅です。
この近鉄信貴線は近鉄の直系の前身である大阪電気軌道により、その系列会社の信貴山電鉄の鋼索線及び山上鉄道線と同日の1930年(昭和5年)12月15日に全線開業しました。

近鉄・信貴線・河内山本駅・1番及び5番ホーム(2006年10月9日)

河内山本駅は単式ホーム1面、島式ホーム2面の3面5線のホームをもつ橋上駅舎駅です。この河内山本駅は準急と普通電車が停車し、1番ホーム(上写真で信貴線電車が止まっているホーム)及び5番ホーム(上写真の右側のホーム)が信貴線用のホームとなっています。ただし、1番ホームは大阪線と共有しており、大阪線電車が1番線に待避し、停車しているときは5番ホームに入線します。


近鉄・信貴線・河内山本駅・2番及び3番ホーム(2006年10月9日)

1番及び2番ホームは大阪線下り線、3及び4番ホームは大阪線上り線が使用しています。
次回は服部川駅の予定です。

2008年6月2日月曜日

盲腸線の旅(第48回)~近鉄御所線・近鉄御所駅

近鉄・御所線・近鉄御所駅・構内(2007年12月23日)

今回は近鉄御所線の終点・近鉄御所駅です。近鉄御所駅は相対式ホーム2面2線の地上駅であり、普段は上写真で電車が停車している1番ホームが使用されます。2番ホームは早朝及び平日の夜に使用されるだけです。


近鉄・御所線・近鉄御所駅・御所線終端(2007年12月23日)

1番及び2番ホームとの間は構内踏切で結ばれています。近鉄御所線は終点駅ですが、南和電気鉄道時代の延伸構想の名残として、構内踏切の先には引き上げ線が設けられており、当駅は中間駅のような構造をもっています。


近鉄・御所線・近鉄御所駅・駅舎(2007年12月23日)

近鉄御所駅は南和御所町駅から近畿日本御所駅を経て、改称したものです。ちなみに、JR和歌山線の御所駅は約150m東にあります。
近鉄御所線は平日・土休日とも1時間に4本、平日朝夕は5~6本の電車が運行されています。また、平日・土休日の朝には準急阿部野橋行きが、平日夕方には古市駅~近鉄御所駅間の普通も運行されています。
今回で近鉄御所線は終了です。次回は近鉄信貴線・河内山本駅の予定です。

2008年5月31日土曜日

盲腸線の旅(第47回)~近鉄御所線・忍海(おしみ)駅

近鉄・御所線・忍海駅・駅舎(2007年12月23日)

今回は近鉄御所線の忍海駅です。忍海駅は単式ホーム1面1線の地上駅であり、同一ホームで尺土駅方面及び近鉄御所駅方面の電車が発着します。


近鉄・御所線・忍海駅・構内(2007年12月23日)

この忍海駅と近鉄御所駅の間では約150mの距離をおいてJR和歌山線と平行しています。
次回は御所線終点の近鉄御所駅の予定です。

盲腸線の旅(第46回)~近鉄御所線・近鉄新庄駅

近鉄・御所線・近鉄新庄駅・構内(2007年12月23日)

今回は近鉄御所線の近鉄新庄駅です。近鉄新庄駅は相対式ホーム2面2線の地上駅であり、御所線の途中駅で唯一入れ違いができる駅となっています。上下ホームは構内踏切で連絡しています。


近鉄・御所線・近鉄新庄駅・駅舎(2007年12月23日)

近鉄新庄駅は南和新庄町駅から近畿日本新庄駅を経て、現在の駅名に改称されました。
次回は忍海(おしみ)駅の予定です。

2008年5月25日日曜日

盲腸線の旅(第45回)~近鉄御所線・尺土駅

今回は近鉄御所線の起点、尺土駅です。
近鉄御所線は奈良県葛城市と御所市を結ぶ5.2kmの路線で、駅は尺土駅、近鉄新庄駅、忍海駅及び近鉄御所駅の4駅です。
この近鉄御所線は近鉄南大阪線の前身である大阪鉄道の傍系会社である南和電気鉄道が1930年(昭和5年)に尺土駅~南和御所町駅(現在の御所駅)間を開業させました。1944年(昭和19年)4月1日に、近鉄の前身である関西急行鉄道に合併され、同年6月1日に近畿日本鉄道(近鉄)が成立すると、近鉄御所線となりました。


近鉄・御所線・尺土駅・南大阪線電車(2007年12月23日)

尺土駅は島式の2面4線のホームをもつ橋上駅舎駅です。尺土駅には特急をはじめとする全ての電車が停車し、また南大阪線電車と御所線電車がホームを共有しています。このため、鈍行電車が待避線でなく、本線で待避し、優等電車が待避線で鈍行電車を追い抜くことがあります。上の写真では急行吉野行きが待避線の1番ホームに、普通橿原神宮前行きが本線の2番ホームに停車しています。


近鉄・御所線・尺土駅・1番ホーム(御所駅方面)(2007年12月23日)

御所線電車は南大阪線の橿原神宮前方面ホームより出発します。


近鉄・御所線・尺土駅・4番ホーム(御所線到着ホーム)(2007年12月23日)

御所線電車は南大阪線の古市・大阪阿部野橋方面ホームに到着します。


近鉄・御所線・尺土駅・御所線折り返し(2007年12月23日)

御所線内で折り返す電車は古市・大阪阿部野橋方面ホームから留置線を経由し、再び橿原神宮前方面ホームへ戻ってきます。
次回は近鉄新庄駅の予定です。

2008年4月12日土曜日

盲腸線の旅(第44回)~近鉄道明寺線・柏原駅

近鉄・道明寺線・柏原駅・1番ホーム(2008年3月8日)

今回は近鉄道明寺線の終点・柏原駅です。柏原駅はJRを含め、2面5線の橋上駅舎をもつ地上駅です。1番ホームに近鉄道明寺線が乗り入れており、切り欠き式のホームとなっています。2番線はJR関西線・JR難波方面ホームであり、1番ホームとプラットホームを共有しています。更に3番及び4番ホームは島式ホームであり、JR関西線・奈良方面ホームとして利用されています。


近鉄・道明寺線・柏原駅・ICカード用簡易改札機(2008年3月8日)

柏原駅はJR西日本の管轄駅であり、1番ホーム上には近鉄の券売機は設置されていません。また、和歌山市駅と異なり、近鉄とJRとの間に柵は設けられていません。
しかし、ICカード対応の簡易改札機とチャージ機がいくつか設置されています。


近鉄・道明寺線・柏原駅・乗換時の注意(2008年3月8日)

近鉄道明寺線とJR関西線の乗換客がICOCAやPiTaPaを利用した場合、簡易改札機にタッチする必要があるため、上屋から上写真の注意が「これでもか!」いうくらい大きく数多くありました。ちなみに、一番の上の写真にはこの注意が少なくとも3つは撮影されています。


近鉄・道明寺線・柏原駅・関西線ホーム(2008年3月8日)

JR関西線の2番ホームと3番ホームとの間にはJR難波方面の通過線が敷設されており、JR難波を含む大阪・天王寺駅方面への快速電車はこの線を通過します。
近鉄道明寺線は平日・土休日とも1時間に3本、朝夕は4本とそれなりの本数の電車が運行されています。なお、他線との連絡接続は同一会社である道明寺駅側の近鉄南大阪線とは連絡を考慮に入れてダイヤが組まれている印象を私は受けましたが、異なる会社である柏原駅側のJR関西線とは(当然といえば、当然なのですが、)考慮されていない印象を受けました。
今回で近鉄道明寺線は終了です。次回は近鉄御所線・尺土駅の予定です。

2008年4月2日水曜日

盲腸線の旅(第43回)~近鉄道明寺線・柏原南口駅

近鉄・道明寺線・柏原南口駅・ホーム(2006年10月9日)

今回は近鉄道明寺線の中間駅、柏原南口駅です。道明寺駅は単式の1面1線のホームをもつ地上駅で、無人駅です。PiTaPa、ICOCA用の簡易改札機がホーム上に設置されています。なお、上記写真は簡易改札機は設置される以前の2006年10月のものです。柏原駅行きや道明寺駅行きが同一ホームに発着しています。


近鉄・道明寺線・柏原南口駅・全体(2006年10月9日) 

柏原南口駅は大和川北岸の堤防上にあるため、アンダークロスしている国道25号線からは階段を上ってホームに行くこととなります。
次回は終点の柏原駅の予定です。

2008年3月20日木曜日

盲腸線の旅(第42回)~近鉄道明寺線・道明寺駅

今回は近鉄道明寺線の起点、道明寺駅です。
近鉄道明寺線は大和川を挟み、藤井寺市と柏原市を結ぶ2.2kmの路線で、駅は道明寺駅、柏原南口駅及び柏原駅の3駅です。
この近鉄道明寺線は近鉄の路線の中でも、最も歴史の古い路線であり、1898年(明治31年)に河陽鉄道が柏原駅~古市駅間を開業させたのが始まりです。(注:近鉄直系の起源は1914年(大正3年)に現在の近鉄奈良線を開業した大阪電気軌道であり、この大阪電気軌道の後身である関西急行鉄道が河陽鉄道を継いだ河南鉄道の後身である大阪鉄道(2代目)<通称:大鉄>を合併しました。)


近鉄・道明寺線・道明寺駅・1番ホーム(2006年10月9日)

道明寺駅は島式、単式複合式の2面3線のホームをもつ地上駅です。道明寺線は上の写真のとおり、島式ホームにある1番ホームより発着します。道明寺線は2両編成のワンマンカーにより運行されています。


近鉄・道明寺線・2番3番ホーム(2006年10月9日)

島式ホームにある2番ホームと単式ホームにある3番ホームが本線である近鉄南大阪線用となっています。
前述の通り、柏原駅~道明寺駅~古市駅が敷設された後、古市駅~河内長野駅の区間が本線として更に敷設されました。しかし、大鉄が後から大阪阿部野橋及び奈良の橿原神宮方面に進出し、本線筋が南大阪線(大阪阿部野橋駅~道明寺駅~古市駅~橿原神宮前駅)に切り替わりました。このため、道明寺線(柏原駅~道明寺駅)と長野線(古市駅~河内長野駅)が支線化されました。
上の写真にあるように、道明寺駅の北側で近鉄南大阪線は大きく西にカーブしているのがわかります。このカーブは南大阪線の中でも最も急なカーブです。


近鉄・道明寺線・道明寺駅(説明用:南大阪線・古市駅・南側)(2008年3月8日)

上の写真は道明寺駅の南隣の古市駅南側を撮影したものであり、古市駅南側で南大阪線と長野線が分岐しており、こちらも本線である南大阪線(左の特急電車のいる方)が東にカーブしているのに対し、支線である長野線(中央の回送電車がいる方)が直線であることがわかります。
次回は柏原南口駅の予定です。

2008年3月1日土曜日

盲腸線の旅(第41回)~JR紀勢線(和歌山駅~和歌山市駅)・和歌山市駅

JR紀勢線・和歌山市駅・2番ホーム(紀勢線用)(2007年12月31日)

今回はJR紀勢線(和歌山駅~和歌山市駅)の和歌山市駅です。和歌山市駅は島式ホーム1面と櫛形ホームによる3面6線(現在は3面5線が使用されています。)となっています。和歌山市駅は南海本線の和歌山市におけるターミナル駅であり、JR紀勢線は和歌山市駅の2番ホームから発着します。かつては2番ホームの駅ビル側に1番ホームがありましたが、廃止され、駐車場となっています。なお、2番ホームは行き止まりとなっています。


JR紀勢線・和歌山市駅・構内改札(2007年8月13日)

和歌山市駅は南海電気鉄道の管轄駅であり、JR紀勢線の2番ホームと南海本線の3番降車ホームは上写真のように同一プラットホーム上にありますが、両者の間には柵と中間改札が設置されており、お互いには行き来できないようになっています。なお、中間改札には磁気式の自動改札機と南海側にはICカード用の簡易改札機が設置されています。


JR紀勢線・和歌山市駅・駅ビル(2007年8月13日)

この和歌山市駅が南海電気鉄道の駅であることは、南海のロゴがあり、JRのロゴがないこの駅ビルを見ればわかります。


JR紀勢線・和歌山市駅・南海本線ホーム(2005年11月23日)

3~5番ホームが南海本線・和歌山港線のホームとなっています。このうち、3番ホームは行き止まりとなっており、4~5番ホームが南海本線・和歌山港線直通となっています。


JR紀勢線・和歌山市駅・加太線ホーム(2003年11月3日)

島式ホームにある6番ホームは南海加太線ホームとなっており、この和歌山市駅で折り返し運転を行っています。


JR紀勢線・和歌山市駅・旧和歌山港線普通車ホーム(2003年11月3日)

島式ホームの南海加太線と同じ側にある7番ホームは現在は使用されていませんが、かつて南海和歌山港線の普通車用ホームがありました。和歌山港線普通車が運行されていた頃は、この7番ホームもJRの2番ホームと同様、柵と中間改札で他のホームと仕切られていました。



JR紀勢線・和歌山市駅・6番7番ホーム間(2003年11月3日)


なお、加太線(6番ホーム)と和歌山港線普通車用ホーム(7番ホーム)との間に双方の線路終端標識が立てられ、砂利が盛られ、枕木が置かれています。しかし、線路と架線はつながっています。


JR紀勢線・旧国社分界点(2003年11月3日)

南海本線が紀ノ川を越え、新たなターミナル駅として和歌山市駅を設置した時、旧和歌山駅(現紀和駅)と和歌山市駅を結ぶ連絡線1.5kmを紀和鉄道と南海鉄道がそれぞれ敷設したことが紀和駅~和歌山市駅間の路線のはじまりです。
紀和駅から0.5kmを紀和鉄道が、和歌山市駅から1.0kmを南海鉄道が敷設しました。その両者の境界(国社分界点;敷設当時は別の名称のはずですが、便宜上後世の表現を用います。)が上の写真の場所となります。ただし、現在は高架工事中のため、この辺りの様子は大きく変化しています。
その後、紀和鉄道は関西鉄道、国鉄と変遷しましたが、和歌山市駅からの1.0kmの路線(南海国社連絡線)を南海が所有していました。つまり、国鉄の車両は他社の路線を通り、紀勢線の終点である和歌山市駅へ行っていました。しかし、国鉄の分割民営化され、JR西日本が誕生して以降、南海はJR西日本に対し、この国社連絡線を丸ごと貸与しました。つまり、貸与とはいえ、JRの車両は自社の路線を通り、和歌山市駅に行くようになりました。
紀勢線(和歌山駅~和歌山市駅間)は和歌山の二大ターミナル駅を結んでいるにもかかわらず、1時間に1~2本しか運行されないローカル路線であり、高架化が行われるものの、将来的にあまり劇的な変化は起こらないものと思われます。
紀勢線(和歌山駅~和歌山市駅間)は今回で終了です。
次回は近鉄道明寺線・道明寺駅の予定です。

2008年1月21日月曜日

盲腸線の旅(第40回)~JR紀勢線(和歌山駅~和歌山市駅)・紀和駅

JR紀勢線・紀和駅・仮設ホーム(2007年8月13日)

今回はJR紀勢線(和歌山駅~和歌山市駅)の紀和駅です。紀和駅は現在、高架化工事のため、仮設ホームとなっています。単式ホーム1面1線の地上駅で無人駅となっています。


JR紀勢線・紀和駅・高架工事中(2007年8月13日)

仮設ホームの南側に、高架化の工事現場を見ることができます。


JR紀勢線・紀和駅・旧駅舎(2003年11月3日)

和歌山駅で少し述べましたが、このJR紀勢線(和歌山駅~和歌山市駅間)には複雑な経緯があります。特に、この紀和駅にとって凋落の歴史ともいえるでしょう。紀和駅は今でこそ、寂れた無人の中間駅となっていますが、元々は和歌山市のターミナル駅でした。ここでは紀和駅の歴史を中心にその経緯を述べたいと思います。
紀和駅(以下、当駅)は紀和鉄道(現在のJR和歌山線)が1898年(明治31年)に「和歌山駅」として開業させたものです。こうして、当駅は和歌山市第一のターミナル駅として、歴史が始まりました。
しかし、1903年(明治36年)に南海鉄道・南海本線のターミナル駅として和歌山市駅が開業し、大阪に行くのに便利な和歌山市駅に和歌山市第一のターミナル駅を奪われ、当駅は第二のターミナルとなりました。
その後、関西鉄道への買収、関西鉄道の国有化の経過があり、当駅は国鉄和歌山線の駅となりました。1924年(大正13年)には、紀勢西線が当駅から「東和歌山駅」である現在の和歌山駅を経て、箕島駅まで開業し、当駅は和歌山線と紀勢西線の分岐駅となりました。
1930年(昭和5年)に阪和電気鉄道が開業し、和歌山側のターミナルを「東和歌山駅」とし、紀勢線との接続駅を「東和歌山駅」とすると、当駅のターミナル駅としての地位は更に下がりました。阪和電気鉄道が南海鉄道・山手線を経て、1944年(昭和19年)に国有化され、国鉄阪和線となると、大阪から紀勢線へ国鉄のみでつながることとなり、大阪からの南紀ルートから当駅は外れるようになり、和歌山市における国鉄のターミナル駅は「東和歌山駅」に移りました。
当駅の凋落は戦後も続き、1968年(昭和43年)2月に当駅は現在の紀和駅と改称され、同年3月には「東和歌山駅」が和歌山駅と改称され、名実ともにターミナル駅としての地位を剥奪されました。
更に、和歌山駅発が和歌山線のメインルートとなり、当駅発のルートは廃止され、当駅は紀勢線の中間駅となりました。1978年(昭和53年)の紀勢線(新宮駅~和歌山駅間)の電化の際も、当駅を含む和歌山市駅~和歌山駅は電化されず、蓑島方面からの直通列車が激減しました。1985年(昭和60年)には急行「きのくに」が廃止され、当駅を発着する優等列車が消滅するとともに、列車の行き違い設備が撤去され、無人駅化されました。
そして、高架化工事によりかつてのターミナル駅の雰囲気を残した旧駅舎が取り壊され、高架化工事が完成したとき、当駅は完全に単なる中間駅となります。
なお、上の写真は高架化工事により取り壊された旧駅舎です。
紀和駅についてはこれで終了です。和歌山市駅~紀和駅間の路線についてはまだ述べたいことがありますが、それは和歌山市駅で述べたいと思います。
次回は和歌山市駅の予定です。