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2013年1月3日木曜日

謹賀新年2013年及び阪堺電車推進運転乗車報告

明けましておめでとうございます。2013年もよろしくお願いいたします。
とは言え、2012年の10月から12月までのように、記事を1本もあげることができないかもしれませんが、ぼちぼちと文章を綴っていきたいと思います。

さて、2011年及び2012年は元日に徳島へすぐ移動していたため、例年行っていた住吉大社への初詣をしていませんでした。(このため、両年は初詣が十日戎の西宮神社となっていました。)そこで、2013年は徳島へ行く前に、弟のどりあんと住吉大社に行くことにしました。



住吉大社への交通手段を迷うことなく、路面電車である阪堺電車を選択し、住吉鳥居前電停をめざし、天王寺駅前行きに乗車しました。
宿院、大小路及び花田口と乗客が増えてきて、座席は全て埋まり、立っている乗客で多数いる状態になりました。

ところが、花田口を過ぎた後、電車の進行方向の信号が青にもかかわらず、電車はゆっくりとおよそ20km/hくらいの速度で進み、どうしてこんなに遅いのだろうと感じていました。

妙国寺前での乗降手続が終了した後に遅かった原因が判明しました。乗車したモ606号が故障したとのことでした。そして、妙国寺前で運転できなくなったとのことです。
「元日早々、電車の故障に遭うなんて幸先悪いわ。」
『いやいや、故障なんて滅多に起こらないから、むしろ幸先ええで。』
どりあんと私が会話していましたが、おそらく不謹慎ながらラッキーと思ったのは私だけで、他の人はアンラッキーだったのでしょう。



「申し訳ありませんが、連結器を取り出しますので、お立ち願いますでしょうか。」
我々が座っている座席の対面の乗客に対し、運転士が本社か後続の車両に連絡をとりながら、述べました。
『へえ~、あの連結器は座席の中にあったんや~。』
と私が、ビデオで撮影したとたん、他の乗客が次々と携帯電話で撮影しました。



連結器は上の写真にあるような金属製の器具です。この連結器はあくまで故障した車両を収容、回送するためのものなので、通常の輸送に用いられません。



「電車故障により、この電車の運行はここで中止いたします。後続の電車にお乗り換えください。」

そこで、我々2人は最初に乗車したモ606号(上の写真:手前の車両)から後続のモ708号(上の写真:奥の車両)に移りました。
ちなみに、モ606号の乗客の半分程度が移っただけで残りはここで降りたようです。運賃の200円を払っている様子もなかったようですが。阪堺電気軌道の旅客営業規則(阪堺電気軌道と旅客との運送契約に適用する条件として定めた運送約款)がどうなっているかわかりませんが、少なくとも阪堺電気軌道の公式ウェブサイトでは1回乗車につき、200円の運賃を払うことになっており、旅客営業規則の内容によっては、契約不履行、いわゆる無賃乗車になるかもしれませんので、十分に注意する必要があります。



妙国寺電停よりモ606号-モ708号の連結運転が始まりました。動力及び制御を後ろのモ708号で行っているので、いわゆる推進運転となります。
通常、車両を運転するときは、車両の最前部の運転室で操縦(牽引運転)しなければなりませんが、今回は前の車両が故障しているので、後ろの車両で操縦しています。(軌道運転規則第47条)
では、前方の確認はどうしているのかというと、



前の車両に故障した車両の運転士が前方を注視するために立っており、緑と赤の旗で後ろの運転士に進めと止まれを指示していました。(軌道運転規則第48条)
緑が進め、赤が止まれのようです。上の写真は緑の旗で進めを指示している様子を示したものです。
この推進運転の間は安全のため、かなりゆっくりと進んでいました。おそらく15km/h以下で走っていたと思います。(軌道運転規則第54条)



この推進運転は車庫のあるあびこ道まで続き、乗客を全てこのあびこ道で降ろした後、天王寺駅前行きだったモ708号はあびこ道で運転を中止し、進行方向を反対に変更し、牽引運転であびこ道の車庫へ向かいました。
この後、天王寺駅前行き及び恵美須町行きが到着し、多くの乗客は先発の天王寺駅前行きに、我々2人は次発の恵美須町行きに乗り換えました。



無事に住吉鳥居前に到着し、住吉大社に初詣することができました。
ちなみに、おみくじを引いた結果は「小吉」でした。凶の多い住吉さんでは良い方ではないでしょうか。

なお、おみくじによると、
対人運:飾らない自分を認めてくれる人を得よう。
仕事運:無理せずなるがままにまかせよう。
金運:あくなきお金への執着はあなたのよいところをなくします。
成功のカギ:自分を磨く。

上記のことをふまえながら、今年も頑張っていきたいと思います。

2009年11月18日水曜日

大阪-西脇紀行(第7回)(11/14~15前編)

諸般の事情により、下記については後日に報告し、時系列的に後になる「大阪-西脇紀行(第7回)」を報告します。
  1. 岡山電気軌道併用軌道並走(10/31)
  2. 広島電鉄・第14回路面電車まつり(11/1)
  3. 大阪市交通局・おおさか市営交通フェスティバル(11/8)
さて、今回の「大阪-西脇紀行(第7回)」も前回に引き続き、「Tramway Killer号」により西脇に帰ることにしました。なお、今回の記事は過去の写真もかなり含まれるため、2009年11月14日に撮影したものは撮影日を省略し、それ以外は撮影日を記述します。



今回も前回と同じ場所に駐車します。病院で診察を受けた後、西脇に向け、出発することにします。
今回のルートは下記の通りです。

福島駅前
↓あみだ池筋
芦原橋駅前
↓新なにわ筋・国道26号線・旧国道26号線(ほぼ旧・新阪堺線電車道)
浜寺公園
↓徒歩
阪堺電軌・浜寺駅前
↓阪堺電軌・阪堺線
阪堺電軌・我孫子道駅
↓阪堺電軌・阪堺線
阪堺電軌・浜寺駅前
↓徒歩
浜寺公園
↓
出島入口
↓阪神高速4号湾岸線・16号大阪港線
阿波座出口
↓
大阪府商工会館付近
↓
南海電鉄・石津川駅前
↓
堺浜・楽天温泉祥福(一泊)
↓
南海電鉄・堺駅西口
↓
住之江入口
↓阪神高速15号堺線・1号環状線・3号神戸線
須磨IC
↓第二神明道路
明石西IC
↓加古川バイパス・姫路バイパス
姫路城
↓徒歩・山陽電鉄(山陽姫路~手柄)・徒歩
手柄山中央公園
↓徒歩・山陽電鉄(手柄~山陽姫路)・徒歩
姫路城
↓姫路バイパス・加古川バイパス
明石西IC
↓第二神明道路・阪神高速7号北神戸線・第二神明北線
垂水JCT
↓神戸淡路鳴門自動車道
鳴門IC
↓
両親邸(徳島県徳島市)
↓
鳴門IC
↓神戸淡路鳴門自動車道
神戸西IC
↓山陽自動車道
三木小野IC
↓国道175号線
アピカ西脇
↓
自宅

というわけで、大阪と西脇の間には存在しない姫路市、淡路島、四国の徳島市を経由する無謀な経路となっています。(なんと、神戸市を3回も通過します。)

まず、福島駅前から浜寺公園に向かいます。カーナビに従って進んでいるうちにあみだ池筋に入ったことに気づきました。このまま、あみだ池筋、新なにわ筋、国道26号線、旧国道26号線のコースつまり大阪市電30系統(福島西通~三宝車庫前)、29系統(桜川二丁目~出島)及び新阪堺電鉄(芦原橋~浜寺)のコースをとり、浜寺公園に向かいます。




30分ほど運転し、浜寺公園に到着しました。ここでパークアンドライドばりに「Tramway Killer号」を駐車し、浜寺駅前から我孫子道まで途中ビデオ撮影をしながら阪堺電軌・阪堺線堺市内区間を北上します。



(2006年7月23日、富山駅北にて撮影)

なぜ、阪堺線堺市内区間のビデオ撮影をしたかというと、万が一の事態に備えて今から撮影しておこうと思ったからです。堺市長選前は上の富山ライトレールのような車両が阪堺線に走るものと思っていました。



(2005年3月19日、新岐阜駅前にて撮影)

しかし、現実は厳しく、阪堺線堺市内区間は岐阜600V線区のように儚く消えていく運命になるかもしれません。思えば、私が岐阜600V線区を取り始めたのは廃止の噂が聞こえだした2003年頃からでした。2005年の廃止までに10回以上岐阜を訪問し、訪問する度にカメラを手にする人が増えていきました。今回阪堺線に乗車し、沿線に見いだすカメラを手にする人の数は私が堺市に住んでいたときよりもやや増えているような気がします。嫌な傾向です。



我孫子道駅に到着し、今度は浜寺駅前に向かい、南下します。やはり、車中でビデオ撮影し、万が一の事態に備えておきます。



(2003年11月3日、大阪商工会館前にて撮影)

浜寺駅前に戻り、再び浜寺公園に駐車していた「Tramway Killer号」に乗り、大阪市内の本町へ向かいます。日没も近く、時間もないので、出島入口より阪神高速で向かいましたが、大阪市内の阪神高速は交錯する場所が多く、非常に運転がしにくいです。阿波座出口より出て、どうにか本町の大阪商工会館そばまで来ました。ただ、日が落ち、すっかり空は暗くなっていました。ちなみに、上の写真は2003年の阪神タイガース優勝時の御堂筋パレードの時のものです。

 

(2003年11月3日、船場中央3丁目交差点にて撮影)

この本町駅近くの店に入り、うちの会社と労組の幹部の人たちが食事をしている中、乱入しました。ひととおり食事をした後、H川さん、K本さん、kinbooさんと同乗し、この御堂筋を南下、途中より前述の大阪市電29系統コース(桜川二丁目~出島)をとり、前職場の最寄り駅、石津川駅前に向かいます。





石津川駅前にあるお世辞にもきれいとは言えないものの、豪快な魚料理をリーズナブルな値段で振る舞ってくれる「さかなや」へ私と前述の三人にO曽さんが加わり、二次会が始まりました。豪快な料理といろいろな話で大変盛り上がりました。




 「さかなや」のメニューは大雑把ですが、その分、新鮮な材料を使った料理をいただくことができます。なお、このとき出た料理については下記のサイトで見ることができます。

ちなみに、「さかなや」の場所は下記のとおりです。


より大きな地図で 大阪~西脇紀行 を表示

また、いただいた店の名刺です。





(2009年7月12日、堺浜楽天温泉祥福前にて撮影)

二次会が終わり、石津川から堺浜へ移動し、オールナイト営業を行っている堺浜楽天温泉祥福でK本さん、kinbooさん及び私が一泊することにしました。

(11/14~15後編につづく)

2006年1月2日月曜日

あけましておめでとうございます。

阪堺電軌・住吉停留場(2006年1月2日)



本年より、しゅらくの独り言をブログで行うこととなりました。
名前は「新・しゅらくの独り言」となりましたが、今まで同様、本年もよろしくお願いいたします。
まずは、正月なので、阪堺電軌の住吉の写真を掲載します。

2005年6月22日水曜日

今年は両方とも見ることができました。

平日は仕事が忙しく、休日も広電や阪堺の路面電車まつりに出かけたので、大した更新もしていませんが、とりあえずアップしました。

 (2005年6月5日、広島電鉄・千田車庫にて) 

広電の路面電車まつりは天気もよかったこともあり、大盛況でした。今年の目玉のひとつはグリーンムーバーmaxで、台車部分を空けて展示されていました。また、車内ではICカードの展示もされていました。


 (2005年6月12日、阪堺電軌・大和川車両区)

さて、阪堺の路面電車まつりも、雨天とならず無事に開催されました。広電ほどではありませんでしたが、たくさんの人が我孫子道の車庫に集まっていました。

(2012年6月11日追記)
広島電鉄の路面電車まつりと阪堺電軌の路面電車まつりは例年はほぼ重なるため、両方を同じ年に見ることは至難となりますが、2005年は重ならなかったので、両方見ることができました。

2004年9月27日月曜日

2週間ぶりの更新の理由

2週間ぶりの更新となりました。下記の私自身の旅行(18日~20日)と弟の来訪(23日~26日)があり、更新が遅れました。
9月18日から20日にかけて、岐阜、豊橋及び大阪へ行きました。今回でようやく岐阜の路面電車の全停留場・駅を撮影することができました。ところが、18日の強行軍が祟り、19日はほとんど大阪で寝て過ごすこととなりました。20日には阪堺線沿線を撮影しました。
9月25日は弟と幕張メッセの東京ゲームショーへ行きました。会場内はとにかく音が大きく、体験コーナーは当たり前のように30分から1時間待ちになっ ていました。ちなみに、水木一郎氏の生歌声と多くのコスプレが見ることもできました。一度東京ゲームショーがどんなものかを知りたかったので、その意味では有意義なものでした。
なお、翌9月26日は東京メトロの新木場での車庫公開だったので、弟とその撮影に行きました。
さて、上記のことがありましたので、今回も競馬はお休みです。

2004年2月16日月曜日

競馬戦績報告45with岐阜600V線区他

まずは新阪堺から。更新がなかなか進まないですが、近々新阪堺電鉄の役員の変遷と1933年(昭和8年)に生じたある事件について取り上げたいと思います。
続いて、阪堺について。今週は「堺のチンチン電車を愛する会」からメンバーズカード、会員版1日乗車券、会員版回数券、阪堺電軌の路線図及び堺の観光案内(「ポケットさかい(地図付き)」)が送付されました。さあ、これで阪堺線を乗りまくることにしましょう。
岐阜市内を走る名鉄岐阜市内線、揖斐線、美濃町線、田神線の廃止の通告が名古屋鉄道から行われたとのことですが、阪堺線がそのような事態にならないようにしたいですね。
さて、今回の競馬ですが、オートキツメモリアル、ダイヤモンドステークス及び北山ステークスを行いました。逆転を期して頑張りましたが、全滅しました。とほほ。

2004年1月19日月曜日

競馬戦績報告42with阪堺線

今回は阪堺電軌(2代目)を主にアップしました。「堺のチンチン電車を愛する会」に入会申込書の送付をお願いするとともに、リンクをはることにしました。堺に2つあった路面電車のうち、残った1つを残せるように協力できるところはしたいを思います。
さて、競馬ですが、今週は日経新春杯が行われました。ただし、4レース賭けたものの完敗に終わりました。やはり、競馬研究をおろそかにしているからかあきませんでした。さっ次週行こか!