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2009年5月11日月曜日

2009年黄金週間(5/3午前・桟橋車庫編)

土佐電気鉄道・高知駅前(2009年5月3日) 

高知龍馬空港からバスに乗り、JR高知駅までやってきました。高知駅はすっかり高架工事が終わり、立派な駅となっていました。それとともに、土佐電気鉄道の高知駅前電停も立派になりました。
この高知駅であらかじめ徳島行きの切符を購入し、今回の目的のひとつである電車まつりの会場、桟橋車庫に向かいます。ちなみに、この日は第一日曜日だったので、初乗り運賃は長崎と同じ100円でした。


土佐電気鉄道・桟橋車庫・電車まつり・入口(2009年5月3日)

さて、桟橋車庫に到着しました。普段は立ち入ることができない車庫内に入ります。


土佐電気鉄道・桟橋車庫・電車まつり・ポルトガル電車(2009年5月3日)

まず、車庫内にはいると、ポルトガルの元リスボン市電電車が停車していました。当日はこの元リスボン市電とオーストリアの元グラーツ市電の2両が特別に桟橋車庫~高知駅前間を往復運転していました。


土佐電気鉄道・桟橋車庫・電車まつり・アンパンマン電車(2009年5月3日)

次に、子供たちとアンパンマン電車との綱引きも行われていました。


土佐電気鉄道・桟橋車庫・電車まつり・維新号ともう1両(2009年5月3日)

左の有蓋貨車は飾り付けられ、右のダブルルーフの維新号は休憩用車両として開放されていました。
その他、ノルウェーの元オスロ市電も休憩用車両として開放されており、カラオケ電車も子供には無料開放されていました。


土佐電気鉄道・桟橋車庫・電車まつり・留置中の電車(2009年5月3日)

車庫なので、たくさんの電車が留置されているのも見ることができました。


土佐電気鉄道・桟橋車庫・電車まつり・新関行き系統板(2009年5月3日)

車庫内の建物の中にはいると、オークション用の部品が展示されていましたが、高知とは全く関係のない名鉄・岐阜600V線区で使用されていた新関行きの系統板も展示されていました。岐阜600V線区で使用されていたモ591系がこの土佐電気鉄道に譲渡されていることによるものだと思いますが、古い友人にあったような感覚に襲われました。(岐阜600V線区は2005年4月1日廃止)


土佐電気鉄道・桟橋車庫・電車まつり・全景(2009年5月3日)

最後に、上から撮影した桟橋車庫・電車まつりの様子です。
この桟橋車庫を出た後、高知城に向かいました。次回に続く。

2006年9月23日土曜日

福井で見つけた岐阜の思い出その3~サーキュレーター~

サーキュレーター(2006年9月16日)

第3回目はモ880形の窓際の天井にあるサーキュレーターです。
サーキュレーターとは送風機であり、モ880形が600Vダイレクトクーラーによる冷房のため、夏期に各務原線1500Vを走っているとき、冷房が止まった車内に風を送るものです。
架線電圧600Vの福井鉄道において、このサーキュレーターの出番はあるのでしょうか?私が乗車したときには送風はされていませんでした。(冷房は効いていましたが。)
今回で「福井で見つけた岐阜の思い出」は終了です。

2006年9月22日金曜日

福井で見つけた岐阜の思い出その2~架線電圧計~

架線電圧計(2006年9月16日)

第2回目はモ800形の運転席近くの扉にある架線電圧計です。
この架線電圧計は文字通り架線の電圧を示す機器であり、乗車したモ800形は電圧600Vを示していました。
名鉄岐阜~競輪場前~新関・関の系統は名鉄各務原線に乗り入れていたため、架線電圧が直流600V及び1500Vでも走行できるようになっていました。こうした車両を複電圧車といい、このモ800形とモ880形がそれに該当し、岐阜600V線区の特徴の一つとなっていました。田神~市ノ坪ではこの架線電圧計の指針が1500V(各務原線)、0V(死電区間)、600V(田神線)と動きました。
なお、福井鉄道に移ったモ800形及びモ880形は単電圧化されました。
次回はモ880形のサーキュレーターです。


<追記、2010年10月19日>


モ880形の田神~市ノ坪間の動画を貼り付けます。

2006年9月21日木曜日

福井で見つけた岐阜の思い出その1~続行運転表示板~

今回より3回の予定で、福井鉄道で見つけた岐阜時代の思い出の品を紹介します。


続行運転表示板(2006年9月16日)

まず、上記写真中央にある福井鉄道モ880形中の続行運転表示板です。
この続行運転は2編成の電車が連なって運転されます。下は岐阜時代のモ880形の続行運転の写真です。続行運転のしている2編成の電車のうち、前を走る電車に続行運転表示板が掲示されています(矢印の先)。
美濃町線では名鉄岐阜~競輪場前~新関・関の系統と徹明町~競輪場前~野一色・日野橋の系統の電車が走っていました。両者は路線の重なる競輪場前~日野橋では、続行運転されており、美濃町線の特徴のひとつとなっていました。


美濃町線・日野橋・続行運転中(2005年3月27日)

次回は、モ800形の架線電圧計の予定です。

2006年2月1日水曜日

ああ!モ570形!!!

名鉄モ571(2003年7月19日) 

市ノ坪に残されていたモ570形が残念ながら解体されたようです。譲渡先がなかったため、やむを得ないといったところでしょう。上の写真は忠節で留置されていたモ571を撮影したものです。


名鉄モ571(2003年7月19日) 

上の写真は新岐阜駅前に停車していたモ571の内部を撮影したものです。岐阜の路面電車で最初に乗ったのが、このモ571でした。この
ときの乗客は私も含め、2人だったのを覚えています。
これ以後、2年間で10回(廃止後の2回も含む)岐阜を訪れることとなりました。
とにかく、おつかれさまでした。

2006年1月31日火曜日

航空写真

ふと、Googleの航空・衛星写真を見ていると、こんなものを見つけてしまいました。
縦方向に美濃町線があり、その上を路面電車が走っているのがわかります。ちなみに、ほぼGoogleの写真とほぼ同じ場所で撮った写真が下の写真です。

美濃町線・下芥見~上芥見(2005年3月19日) 

しかし、最近は(っていうと、いかにも歳をくったようでいややけど)航空写真も容易に見ることができる時代になったんですね~。(我が家や上海での家も見ることができるのだから、凄い凄い。)
(追記)
改めて、上記1行目のリンク先を見てみると、写真が更新されており、美濃町線廃止後の写真となっていました。(2010年10月18日)

2006年1月7日土曜日

写真雑記その5~消えた2つのもの

岐阜・新岐阜駅前停留場(2004年9月18日)

<写真雑記・第5回目>
第5回目は2005年3月31日まで岐阜で見られた光景です。
路面電車である名鉄の揖斐線直通電車とその右隣の岐阜市営バスが写っています。どちらも2005年3月31日をもって廃止され、岐阜の街から消えました。
このときは、後ろの高架線のJRの車両と名鉄の車両を撮影しようとしていた記憶がありますが、岐阜市営バスが入っていることには関心がありませんでした。今にして思えば、よく撮っていたものと思いました。
(2005年8月10日既出)

2006年1月4日水曜日

写真雑記その2~短い共演

岐阜・名鉄岐阜駅(2005年3月27日)

<写真雑記・第2回目>
次に、2005年3月31日限りで路面電車が廃止された岐阜の写真です。上の写真は各務原線5番ホーム(手前)で停車中の普通・中部国際空港行きと美濃町線7番ホームから出発した新関方面行きモ870形を同時に写したものです。2005年1月29日に常滑~中部国際空港間の空港線開通に伴い、誕生した普通・中部国際空港行きと2005年3月31日限りに廃止された美濃町線電車との、110年にも及ぶ長い名鉄の歴史の中で、ほんの2ヶ月間だけ存在した共演でした。
(2005年4月4日既出)

2005年5月30日月曜日

豊橋、岐阜再訪with競馬戦績報告73

お待たせいたしました。いよいよ更新再開となりました。まだ、仕事がごたごたしているので、1週間の更新が難しいかもしれませんが、よろしくお願いいたします。
ゴールデンウイークは豊橋、岐阜に行き、「市電」と呼ばれ親しまれている豊橋鉄道・東田本線、岐阜600V線区から来たモ780形、モ800形を取材 し、岐阜の市ノ坪にある岐阜検車区では残されている電車を取材に行きました。これらは「愛知(豊橋)の路面電車」と「岐阜の元路面電車」で報告していく予 定でいます。
ところで、高架切替後のJR阪和線に初めて乗車しましたが、杉本町駅から美章園駅に至る高架区間は今までの阪和線の車窓とは比べようもないほど広く感じ ました。開かずの踏切も解消され、駅舎等の設備も新しくなり、良いことが多いのですが、この区間に残る阪和電気鉄道時代の遺構が失われるのが少し残念かも しれません。
さて、今回の競馬は日本ダービーです。皐月賞馬ディープインパクトが無敗の2冠馬となるのか注目されるレースでした。スタートは皐月賞ほどではないもの の出遅れ気味だったのですが、終わってみれば5馬身差の圧勝でした。菊花賞も期待できる強い馬と改めて感じました。このディープインパクトに隠れています が、武豊騎手が今年100勝目をこのダービーで達成しました。ほんますごい!今年も200勝ペースですな。ちなみに、管理人はこのレースを的中しました。 めでたし、めでたし。

2005年4月4日月曜日

岐阜600V線区とS部長with競馬戦績報告70

2005年3月31日限りで名鉄・岐阜600V線区が廃止されました。拙サイトでも岐阜600V線区のページがありますが、そもそも管理人が2年前に豊橋と岐阜の路面電車を撮影したのを管理人の上司であったS部長に話し、「もっと岐阜の路面電車を取り上げてよ。」の一言で岐阜600V線区のページが始まりました。S部長は岐阜出身で、緑色とクリーム色のツートンカラーで美濃町線で走行していたモ510形(と思われる電車)についての話も聞きました。
廃止の影もちらつきだしたので、足繁く通うようになり、この2年で9回岐阜へ行きました。また、この2年でS部長にも様々なことを教えて頂き、感謝して いるのですが、岐阜600V線区廃止日である3月31日で退職されることになりました。まだまだ教えて頂くことがあっただけに残念です。
さて、今回の競馬ですが、大阪杯とダービー卿チャレンジトロフィーだったのですが、見事に外れました。いよいよ銀行預金も少なくなってきました。桜花賞はがんばるぞ!!

2005年3月28日月曜日

岐阜600V線区最後の日曜日

2005年3月27日は名鉄・岐阜600V線区にとって、最後の日曜日となりました。先週に引き続き、岐阜を訪問し、揖斐線の地域を中心に撮影しまし た。揖斐線も美濃町線もお名残乗車する人々、最後の姿を写真やビデオで撮る人々でいっぱいでした。名鉄・岐阜600V線区は広島の市内線と宮島線のように なれる要素のあった路線に感じましたが、広島と異なり、多くの市民に路面電車が利用されるような流れにはならなかったようですね。岐阜は貴重な財産を失 い、10年後、20年後に「あのとき、廃止しなければ良かったのに。」と思うようになるかもしれません。
さて、今回の競馬ですが、岐阜の路面電車を撮るのに夢中で、賭けるのを忘れてしまいました。ちなみに、GⅠ、高松宮記念がありました。

2005年3月22日火曜日

岐阜、豊橋に行ってきました。

三連休の前半は岐阜で過ごしました。さすがに廃止まで1ヶ月を切ったこともあり、去年とは異なり、沿線には多くのカメラマンがいました。ただ、気になっ たのはいいショットを撮りたいからか、緑のペイントがされている停留場に残って、多くの車が行き交う中、写真を撮っている人をしばしば見かけました。な お、岐阜600V線区の併用軌道上には広島や長崎のように立派な安全地帯はなく、危険な緑のペイントしかありません。また、警笛を鳴らしている電車もたく さんあったように思います。あと土日が1回来ますが、事故のないことを祈ります。
廃止が近づき、騒がしくなった岐阜をあとにし、三連休二日目午後には電車運転体験をするために、豊橋に移動しました。この運転体験は毎月1回開催されて いるものですが、この3月の開催の後、しばらくは休止するとのことです。というのは、岐阜の路面電車の一部が豊橋に来るためで、岐阜から来る電車の点検と 車庫が電車で一杯になるからだそうです。なお、電車運転体験に参加する子供たちが「岐阜の新しい電車が来るんだって。」と楽しそうな声で話していたのを聞 くと、豊橋では岐阜の路面電車は暖かく迎えられるだろうという気がし、ほっとしました。
赤岩口の車庫で運転体験した後、名古屋で大阪の弟と一緒にみそかつときしめんを食べ、東京に戻りました。
さて、今週の競馬は大阪の弟が中京競馬場へ遠征するとのことで、一緒に中京競馬場で賭けるつもりでしたが、残念ながら間に合わず、競馬場の門の外で待つ だけとなりました。電話投票で3レースを賭けましたが、すべて外れてしまいました。無念。

2005年2月15日火曜日

岐阜と高岡に行きました。with競馬戦績報告66

今回は岐阜と高岡に行きました。岐阜は岐阜600V線区を、高岡は万葉線をそれぞれ撮影して参りました。特に、初めてのビデオ撮影も行い、動いている岐阜600V線区を収めることができました。
ところで、高岡には2回目の訪問なのですが、前回同様、 人身事故が生じ、特急が遅延しました。2月13日の16:00頃に富山駅の高岡・金沢よりの隣駅である呉羽駅で起きたようで、はくたか17号、19号、 21号及びその他の特急に影響が出ました。おかげで、東京には日が変わる直前に帰る羽目になりました。それにしても、富山・高岡地方は管理人にとって方角 が悪いのでしょうか。
さて、今回の競馬は岐阜から高岡へ行く途中に時間がたくさんあったので、久しぶりに7レースもしました。しかし、的中したのは単勝で賭けた1レースだけだったので、赤字でした。

2005年2月7日月曜日

岐阜600V線区に関する業務連絡

今回は岐阜の路面電車のコーナーを大幅に編集、改訂、新版制作を行いました。名鉄の岐阜600V線区もあと2ヶ月弱で廃止となりますので、3月~4月ぐらいまでは集中的に更新する予定です。
ところで、2月4日に鉄道総合技術研究所(以下鉄道総研)に見学に行きました。たまたま、見学当日、鉄道総研では2月2日にプレスリリースしたハイブ リッド電車(元北陸鉄道金沢市内線)の取材(NHK等のマスコミ)があったため、見学が微妙な情勢になっていました。しかし、なんとかぎりぎりでOKとな り、1枚の写真を撮ることができました。しかし、時間がなかったので、あんな構図のものしか撮れませんでした。それにしても、「ハイブリッド電車が撮影し たい。」と表情に出ていたのでしょうか。見学のバスを降りたとたんに職員の方に「写真とってもいいですよ。」と言われてしまいました。
さて、今回の競馬は岐阜の路面電車の大更新のため、休みました。ちなみに、この日曜日は共同通信杯、シルクロードステークス及び小倉大章典でした。小倉9Rでまた100万馬券、当たった方、おめでとうございます。

2004年11月9日火曜日

市ノ坪車庫で鉄道部品を購入しました。

 (2004年11月8日、自宅にて)

今回は岐阜の名鉄・市ノ坪で開催された鉄道部品&忘れものバザーに参加しました。普段は入ることができない市ノ坪の車庫に入ることができるのと貴重な鉄道部品が手に入るということで、盛況となっていました。
管理人も今回鉄道部品を購入しました。それはいかにも鉄道部品というものではなく、左写真の予備品として保管されていた三菱電機製のサーキュレーター(送風機)AC-90S-Cです。



 (2003年7月19日、新関停留場停車中のモ880形にて)

このサーキュレーターはモ880形に使用されており、100Vの電気のもと、現役で動きます。
ただ、予備のサーキュレーターを売却していることが名鉄の岐阜市内線・美濃町線・田神線・揖斐線の廃止確定を裏付けていると考えると、寂しいですね。(もしかすると、モ880形は廃車されるかもしれませんね。)
さて、今回の競馬はG1も休みですので、行いませんでした。

2004年9月27日月曜日

2週間ぶりの更新の理由

2週間ぶりの更新となりました。下記の私自身の旅行(18日~20日)と弟の来訪(23日~26日)があり、更新が遅れました。
9月18日から20日にかけて、岐阜、豊橋及び大阪へ行きました。今回でようやく岐阜の路面電車の全停留場・駅を撮影することができました。ところが、18日の強行軍が祟り、19日はほとんど大阪で寝て過ごすこととなりました。20日には阪堺線沿線を撮影しました。
9月25日は弟と幕張メッセの東京ゲームショーへ行きました。会場内はとにかく音が大きく、体験コーナーは当たり前のように30分から1時間待ちになっ ていました。ちなみに、水木一郎氏の生歌声と多くのコスプレが見ることもできました。一度東京ゲームショーがどんなものかを知りたかったので、その意味では有意義なものでした。
なお、翌9月26日は東京メトロの新木場での車庫公開だったので、弟とその撮影に行きました。
さて、上記のことがありましたので、今回も競馬はお休みです。

2004年2月16日月曜日

競馬戦績報告45with岐阜600V線区他

まずは新阪堺から。更新がなかなか進まないですが、近々新阪堺電鉄の役員の変遷と1933年(昭和8年)に生じたある事件について取り上げたいと思います。
続いて、阪堺について。今週は「堺のチンチン電車を愛する会」からメンバーズカード、会員版1日乗車券、会員版回数券、阪堺電軌の路線図及び堺の観光案内(「ポケットさかい(地図付き)」)が送付されました。さあ、これで阪堺線を乗りまくることにしましょう。
岐阜市内を走る名鉄岐阜市内線、揖斐線、美濃町線、田神線の廃止の通告が名古屋鉄道から行われたとのことですが、阪堺線がそのような事態にならないようにしたいですね。
さて、今回の競馬ですが、オートキツメモリアル、ダイヤモンドステークス及び北山ステークスを行いました。逆転を期して頑張りましたが、全滅しました。とほほ。