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2008年5月11日日曜日

2008年黄金週間・第10日目

2008年黄金週間第10日目・岡山駅前

三原で一泊した後、久しぶりに在来線で岡山まで行くことにしました。尾道、福山、倉敷と学生時代に行き来した景色を懐かしみながら、岡山に到着しました。岡山駅は隨分ときれいになり、便利になったような気がします。また、岡山で途中下車し、岡山電気軌道の路面電車を撮影し、しばらくしてから新幹線で姫路に向かいました。


2008年黄金週間第10日目・姫路駅在来線ホーム1

新幹線に30分程度乗り、姫路駅に到着しました。姫路駅は高架工事中で一部が既に高架されています。ここで、一番後ろの車両に乗っていた私は弟の「どりあん」と待ち合わせをしているため、さっさと姫路駅新幹線改札口へ向かいました。
『全然、降りて来ぇへんから、次の新幹線かと思うたわ。』(どりあん)
「悪い。悪い。」(しゅらく)
ということで、姫路駅で再び途中下車し、大阪市交通局・森之宮検車場一般公開以来、1ヶ月半で再び2人のおっさんが一緒に行動することになりました。


2008年黄金週間第10日目・姫路菓子博入口

慣れない神姫バスに乗りながら、姫路菓子博2008の入口近くのバス停で降り、菓子博のチケットを購入しました。
『ところで、姫路菓子博のチケットで姫路城の入場券が半額になるんやで。』
「へえ~、それは知らんかった。それじゃ、後で姫路城にでも行くか。」
(後日知ったのですが、姫路城の入場券で姫路菓子博のチケットが半額になったみたいで、姫路菓子博の入場券は2000円、姫路城の入場券は600円で、明らかに姫路菓子博のチケットを買った方が損だということが判明しました。とほほ。)
昼前に姫路菓子博に来たので、あらゆるところで行列が発生しており、夢のお菓子ランドでは180分待ちとのこと。
『3時間も待たれへんわ。』
「あそこは新製品とかのPRやから、後でどうせ食えるでぇ。」
とりあえず、日本全国のお菓子を販売している「日本縦断!お菓子めぐり館」に行くことにしました。30分ほど待っていると、中に入ることができました。
『やっぱり、めったに行かへんところを買うべきやろ。』
「路面電車がなく、遠いところやったら、東北地方かな。少なくとももみじ饅頭はなしやな。」
結局、岩手と山形から1品ずつ、あとは北海道と島根のお菓子を購入することにしました。
(この後、デザートを色々と食べたのですが、それは別の記事で記述します。)


2008年黄金週間第10日目・姫路城天守閣

さて、折角なので、姫路城に登ることにしました。
「それにしても、天守閣遠いなあ~。」
『城としての本気度を感じるわ。」
天守閣は混んでいるようなので、先に西の丸長局から見学することにしました。


2008年黄金週間第10日目・姫路城西の丸長局

内部は狭い廊下となっており、階段も狭いので、上写真のように混雑していました。この西の丸長局は千姫に仕えた侍女たちがいたところです。
長い時間かけてこの場所をでた2人のおっさんはいよいよ天守閣を目指すことにしました。


2008年黄金週間第10日目・姫路城天守閣最上階

西の丸長局の化粧櫓から道をくねくねさせながら、二の丸やお菊井戸を通り、いろいろな門をくぐり、ようやく天守閣入口まで辿り着きました。ここで30分ほど待ち、内部に入ったものの、人でいっぱいであり、急な階段がいくつもあり、最上階に辿り着くまでかなりの時間を要しました。
『この城の本気度は松山城並や。』
「大阪城みたいに外側は城やけど、内側は近代建築というのが多いからなあ~。確かに松山城はしんどかった。」
色々と言いながら、最上階に到着し、最上階の祭壇にもお参りせず、そのまま階下へと2人のおっさんは下っていきました。(上の写真は最上階のものです。)


2008年黄金週間第10日目・姫路駅在来線ホーム2

姫路城を見学した後、姫路駅の駅そばを食し、2人とも新快速で大阪へ帰りました。


2008年黄金週間第10日目・普通乗車券

博多南駅で購入した大阪市内行きの普通乗車券は南海との連絡駅である新今宮でようやく自動改札機の中に回収されました。回収される前のこの切符はいろいろな印が付けられており、それだけ今回の旅は途中下車が多かったと言うことです。
ちなみに上の印は下記の通りです。
-5.-3 18:48 博南 入 (博多南駅で入場)
-5.-3 19:36 小倉 途中下車 (小倉駅で途中下車)
宇部新川 (宇部新川駅で途中下車)
-5.-4  9:35 新山 入 (新山口駅で新幹線ホームに入場)
-5.-4 10:18 広島 途中下車 (広島駅で途中下車)
三原 (三原駅で途中下車)
20. 5.-5 岡山 (岡山駅で途中下車)
20. 5. 5 姫路 (姫路駅で途中下車)
さて、翌5/6はゆっくりと休みます。

2008年3月23日日曜日

大阪市交通局・森之宮検車場一般公開・大阪市電に会ってきた。

2008年3月23日、大阪市営地下鉄開業75周年を記念して森之宮検車場が初めて一般公開され、懐かしの地下鉄車両、大阪市電2両及びトロリーバス1両も公開されることとなりました。
そこで、この日満38歳を迎えた私、「しゅらく」と同じく満35歳を迎えた弟、「どりあん」が広島電鉄第12回路面電車まつり以来、再び一緒に行動することとなり、この森之宮検車場へいくこととしました。(注:誕生日は3月24日なので、3月23日が年齢がひとつ増える日となります。)


大阪市交通局・森ノ宮車両工場・地下鉄車両工場(2008年3月23日)

さて、入口付近には今年度末で営業を終了する市営観光バスにじ号や懐かしのゼブラバスなどが展示されていました。検車場(車両工場)見学なので、検査中の現行地下鉄車両を見なければなりません。上の写真は検査されている谷町線車両です。
この大阪市交通局でも大きな車両が小さく見えるぐらいの広い建物の中に車両台車や様々な部品及びいろいろな機械が整然と設置されており、きちんと車両整備が行われていることが感じられました。
懐かしの地下鉄車両を3両を見た後、本日のメインイベントである市電保存庫に向かいました。


大阪市交通局・森ノ宮車両工場・行列(2008年3月23日)

地下鉄車両があった建物をでると、既に長蛇の列ができていました。
「これ、もしかして市電見学の行列なん?」と2人ともつぶやき、それに気づいた職員の方が述べられました。「申し訳ございません。現在、市電見学を希望される方はこちらに並んでいただいています。」
思わず、私は叫びました。「人気者やなあ~。大阪市電。」
仕方が無いので、最後尾に並ぶことにしました。
「こんなことなら、もっと早く来れば良かった。」(しゅらく)
『あんたが、寝坊せえへんかったら良かったんや。』(どりあん)
「そんなこと言うても、昨日仕事してたんや。一生懸命報告書打っとたんやで。」
『こっちかて、仕事しとったわ。』
「まあ、ええわ。このくらいの行列、新千歳空港に比べればましや。夢も希望もない状態で、 7時間も立ち放しやったやから。」


大阪市交通局・森ノ宮車両工場・市電保存庫(2008年3月23日)

大阪市交通局の方の適切な対応のおかげで、1時間後には市電保存庫にたどり着きました。外からの見学だけでしたが、たいへんきれいな状態の大阪市電801号、2201号及びトロリーバス255号を見ることができ、非常に満足しました。
ちなみに、大阪市電801号は前と中央の2ヶ所に左右非対称の出入口(いわゆる大阪市電形)を初めて設置した形式として、大阪市電2201号は今では当たり前のワンマンカーの形式として保存されています(大阪市電全廃時には電車に車掌が乗車しているのが当たり前でした。)。トロリーバスの保存車はあまりないので、貴重なものと言えるでしょう。


大阪市交通局・森ノ宮車両工場・801号方向幕(2008年3月23日)

「ところで、801号の方向幕が新千歳になっているのは偶然なんやなあ?」
『偶然やろ。』
(ちなみに、新千歳というのは、大正区にあった新千歳町電停のことであり、新千歳町行きということです。ただし、新千歳町行きは28系統なので、新千歳の横の系統番号16は合っていません。)
何か釈然としないものを残しながら、2人は森之宮検車場を後にしました。
今回は森之宮検車区の市電保存庫が初めて公開され、緑木にある市電保存庫は以前から公開されているので、大阪市交通局が静態保存している大阪市電車両は全て一般公開されたことになります。非常にきれいに保存されているので、これからも大事に保存をしてほしいと感じました。
大阪市とは関係ないですが、京都市交通局が保存している京都市電を是非一般公開してほしいと感じているのは私だけでしょうか。
追伸、
何故この時期に一般公開したんでしょうね。路面電車の日関連の6月でもなく、鉄道の日関連の10月でもなく、大阪市営地下鉄の開業月の5月でもなく、ちょっと不思議に感じました。

2007年7月22日日曜日

宮島へ遊びに行く(番外編)~第12回路面電車まつり(広島電鉄)編

広島駅の急行みよし(2007年6月9日)

さて、わざわざ大阪から三次経由で”急行みよし”に乗って、広島に来る弟と合流するため、獅子岩展望台から広島駅に向かいました。”急行みよし”は2007年7月1日のダイヤ改正により廃止されました。
弟と合流した後、ホテルのチェックインを済まし、翌日の路面電車まつりに備えました。


第12回路面電車まつり入口(2007年6月10日)

浴衣祭りである”とうかさん祭り”と並び、すっかり広島電鉄の”路面電車まつり”は広島の初夏の風物詩となった感があります。今年はたまたま6月10日の路面電車の日に開催されました。この路面電車の日は1995年(平成7年)の広島で開催された第2回路面電車サミットで制定されたもので、路面の路(ろ;6)と電車(てん;10)の語呂合わせから6月10日に決定されました。6月10日近くになると、日本全国で路面電車利用促進のためのキャンペーンやイベントが行われます。この”路面電車まつり”もそのイベントの一つです。
おっさん2人は広島電鉄本社のある千田車庫に到着し、会場にはいることにしました。


グリーンムーバーmaxと被爆電車(2007年6月10日)

おっさん2人は展示されたグリーンムーバーmaxの中でパンフレットを見ながら、休憩していると、会場内でスタンプラリーにより先着1000名に記念品がもらうことができることがわかりました。
『スタンプラリーやってみよか。』
「でも、記念品やからそんなええもんもらわれへんやろ。」
『先着1000名やから、それなりのものなんとちゃうん。』
ともかく、グリーンムーバーmaxと被爆電車の近くにあるスタンプを押すことにしました。


元神戸市電582号(2007年6月10日)

会場を歩き、千田車庫の工場の一角に行列を見つけたので、その最後尾に並ぶことにしました。しかし、いつまで経っても行列が進まないので、おかしいと思い、
『おい、悪いけど奥の方の建物の方、見てくれへんか?』
弟に対し、そう言い、しばらく待つことにしました。その間、撮影したのが、上写真の元神戸市電車両です。
「おーい、お兄さん。そこちゃうわ。こっちこっち。」『やっぱり。』
よく見ると、その行列はつり革製作を待つ人のものでした。


工場内の無蓋貨車(2007年6月10日)

工場の中のスタンプを押すため、順番を待っていると、上写真の無蓋貨車(屋根のない電動貨車)がありました。この無蓋貨車は元大阪市電の1601形です。


第12回路面電車まつり・変電所内(2007年6月10日)

被爆建物である変電所前のスタンプを押した後、変電所内部に入りました。この変電所内部で、電車運行状況表示装置を見、電車の分岐の仕方を職員かボランティアの方がトロリーコンタクターとICカードを用いて懇切丁寧に説明して頂きました。ちなみに、トロリーコンタクターを最初に用いたのは大阪市電とのことです。(やるな~、大阪市交通局。)
最後に、会場入口付近のスタンプを押すために、入口の方向におっさん2人に向かいました。
「しかし、次のスタンプって、最初に押すもんとちゃうん?」
『そうかもしれけど、気づいたのついさっきやからしゃーないやん。』


第12回路面電車まつり・記念パセオカード
(上パセオカードのクレジット:(C)2005TOMYTEC イラスト/みぶなつき)

会場入口付近に近づくと、その物品販売店に上のパセオカード(広島地区のバス共通カード)をおっさん2人が発見。
『…鉄道業界もいよいよ”いわゆるひとつの萌え要素”を入れてきたか。』
「萌えカード買っとこ。」
ということで、おっさん2人は関西では使うことができないパセオカードを1枚ずつ購入しました。さすがに、観賞用・保存用・布教用という同じものを3枚買う”こなた買い”はしませんでした。ちなみに、この鉄道むすめの公式ウェブサイトはこちらで見ることができます。


第12回路面電車まつり・記念フォルダ

無事にスタンプを押し終わり、おっさん2人はゴールの総合受付で記念品を受け取ることができました。その記念品が上のフォルダです。
「結構ええやん。」『良かった、使えるもので。』
「何や、使えんものをもらったことあるように聞こえるけど。」『気のせいやろ。』と、おっさん2人が会話しながら、路面電車まつり会場を後にしました。
次回の旅日記の予定は未定ですが、2006年秋に関西大手私鉄の車庫を訪問しましたので、その話題について始めるつもりです。

2003年3月24日月曜日

中京競馬場スペシャル編

先の3月15日に大阪への帰りの途中、豊橋、中京競馬場そして岐阜に立ち寄ることにしました。
なお、豊橋、桶狭間古戦場(中京競馬場の近くにあります。)及び岐阜については「しゅらく写真館」で後日公開する予定です。
通常は写真もない「しゅらくの独り言」のコーナーですが、スペシャル編なので、写真入りで公開したいと思います。


(名鉄中京競馬場前、2003年3月15日撮影)

豊橋鉄道の市内線の撮影、蒲郡(の事務所)での挨拶を終え、中京競馬場の最寄り駅である中京競馬場前駅に着きました。
通常、この駅には普通しか停車しませんが、中京競馬開催時には京阪の淀駅(京都競馬場最寄り駅)同様、急行が停車します。
この中京競馬場前駅には競馬場側と桶狭間古戦場側に出口があります。
「しかし、それにしても競馬口の方がりっぱやなぁ~。桶狭間はかなりメジャーやのに。」
商店街を抜け、TBSの噂の東京マガジンでも取り上げられた私道を抜け、中京競馬場へ向かいました。


(中京競馬場スタンド入口付近、2003年3月15日撮影)

中京競馬場に入ると、中京唯一のGⅠ、「高松宮記念」の勝ち馬のメモリアルが並んでいました。
この高松宮記念について、簡単に述べると、1967年(昭和42年)「中京大賞典」として行われ、1971年(昭和46年)に優勝杯を高松宮殿下より賜っ たのを機会に「高松宮杯」と改称しました。更に1998年(平成10年)に「高松宮記念」と改称され、現在に至っています。また、当初は2000mの中距 離戦としてスタートしましたが、1996年(平成8年)に1200mの短距離戦となり、この時点でGⅡからGⅠに格上げされました。
なお、2000年(平成12年)より、従来の5月下旬から3月下旬に移設されました。


(中京競馬場スタンド前、2003年3月15日撮影)

「おお、なかなかええスタンドやんけ。」
手前が在来のスタンドで、左奥にツインハットスタンドとなります。
なお、馬場内には遊園地があり、ポニーが2頭います。


 (パノラマステーション、2003年3月15日撮影)

「これがあの名鉄のパノラマカーかあ。」
パノラマステーションとして展示保存されている車両は名鉄7000系(7027+7092+7028)の編成で、名古屋鉄道からJRAに譲渡されたものです。
この日は雨がぱらついていたので、人が結構中にいました。
なお、7027の2階運転室には女性係員の案内で入ることができるそうで、ミュージックホーンや電気笛を自由に吹鳴できるそうである。



 (中京競馬場パドック、2003年3月15日撮影)

「せっかく、中京に来たんやし、8Rから賭けることにしよか。3歳戦はやめとくけど。」
馬柱を見ながら、のんびりと投票用マークシートに印をつけました。
中京のパドックは見やすいパドックでした。
なお、8Rは見事に的中しました。



(パドックでのロードモンタナ、2003年3月15日撮影)


中京9Rは三歳戦なので、パスし、中京10R寒狭川特別を
「まず馬単で7番ロードモンタナから8番、14番、15番に流そか。それで、この4頭で三連複ボックスを買うとこ。」
「そや、折角やから、ゴール寸前の写真でも撮ろか。」
パドックからゴール板前まで移動することにしました。



(中京競馬場ゴール板前、2003年3月15日撮影)

『調子はどないですか。』
ゴール板前で私の右手から声をかけられました。誰やいったいと思いつつ、右に振り向くと、大阪にいるはずの私の弟がそこにいました。
「お、お前、な、何でここにおんねん!」
『やあ、阪神行くつもりやったけど、阪急梅田で電車間違えて乗ってしもうた。赤い電車来たからびっくりしたわ。』
「そんなわけあるかい。」
兄弟がそろい、10Rが始まりました。結果は左の写真のとおり、7番ロードモンタナが1着でした。
「よし!!」
2着14番、3着8番で8Rに続き、大当たりでした。

<この日の戦績>
中京8R あたり
中京10R あたり
中京11R あたり
阪神9R はずれ
阪神10R あたり
阪神11R はずれ
中山11R はずれ
回収率は400%弱となりました。
いつも、これぐらいあたれば、苦労せえへんで済むんやけど。
とにかく、来週の大阪行きの運賃が稼げたからええけど。