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2010年7月12日月曜日

参議院選挙に行ってきました。


2010年7月11日、参議院選挙が行われました。
当然、投票に行ってきました。
今、開票速報番組を見ていますが、与党は苦戦しているようですね。
とりあえず、寝ます。

2010年6月15日火曜日

大阪-西脇紀行(第13回)・黄金週間編(5/1~5/5)・終章・西脇帰還編(5/5編)



さて、堺浜で一晩過ごした後、西脇へ向かうことにします。



折角、堺に来たので、プラットプラットでブラブラと買い物をし、堺駅で南海電車を撮影することにします。




長旅で、早く家に帰りたかったので、阪神高速道路と中国自動車道を経由し、西脇へ戻りました。

2010年6月6日日曜日

大阪-西脇紀行(第13回)・黄金週間編(5/1~5/5)・断章その3・関西帰還編(5/4後編)



諏訪湖を離れ、中央自動車道に乗り、関西へ向かいます。とりあえず、中央自動車道、東名高速道路、名神高速道路及び中国自動車道のコースで西脇に向かうことにします。



今年の春は寒かったためか、この駒ヶ岳SAには桜がまだ咲いていました。
なお、この駒ヶ岳SAで渋滞情報を確認したところ、東名高速道路と合流する小牧JCTと名神高速道路の米原JCT付近の双方で渋滞が発生しているとのこと。
駒ヶ岳SAを離れ、岐阜県に入ったところで再び渋滞情報を確認したところ、前の2箇所に加え、大津IC付近でも渋滞が発生したとのこと。名神あるいは新名神を進んでも渋滞に巻き込まれることは必至です。



渋滞にはもう巻き込まれたくなかったので、土岐JCTで中央自動車から東海環状自動車道に乗り換え、以後、伊勢湾岸自動車道及び東名阪自動車道へ抜け、名阪国道(国道25号線)、西名阪自動車道を経て、結構疲労度も上がっていることから、堺で一泊することにします。



急いでも仕方がないので、湾岸長島PAで休憩します。遠くに見えるナガシマスパーランドのジェットコースターを眺めます。



東海環状自動車道、伊勢湾岸自動車道及び東名阪自動車道を順調に進んだのですが、名阪国道という一般国道を通るルートを選択したため、いけずなカーナビが変な指示を出してきました。
東名阪自動車道をまっすぐ進むと、名阪国道に行くはずなのに、カーナビの案内により国道1号線に降りることになりました。カーナビはどうやら名阪国道以外の一般国道を案内し、このまま行くと、非名阪の酷道に行くみたいです。
「もう、運転は得意じゃないんやから、(上の写真のような)酷い非名阪(これも国道25号線)にはいかへんで~!!」
自分で、地図を確認し、名阪国道に向かいます。



無事に名阪国道に乗れたのですが、この道路が非名阪とは別の意味で大変な道路でした。確かに道路はいいのですが、急な上り坂がしばしば現れ、追い越し車線では明らかに法定速度を超えている自動車がびゅんびゅん進んできます。まあ、あの状態で制限速度近くで走っているとかえって危ないような気がしますが。運転が不得意な私は左側の走行車線でマイペースで西進することにします。



名阪国道を進むうちに、日没となり、天理に近づいてくると、急な下り坂の急カーブが現れ、周りが真っ暗な中、後ろから車が接近するのをヒヤヒヤしながら、慎重にカーブを曲がります。これが名阪国道のΩカーブのようです。
なるほど、名阪国道が事故が多い道路なのがよくわかりました。



西名阪自動車道から阪和自動車道を経、美原北ICを降り、中央環状線からヘトヘトになりながら、堺浜楽天温泉にたどり着くことがようやくできました。右足の筋肉がパンパンになっていたため、中国式足裏マッサージの人も驚いていたようです。私もかなり痛かったですが。

次回は終章(5/5編)西脇帰還編の予定です。

注)国道25号線(名阪国道及び非名阪)の写真はgoogle mapのものを利用しています。

大阪-西脇紀行(第13回)・黄金週間編(5/1~5/5)・本章その4(5/4前編)御柱祭に沸く諏訪大社編


今回の信州行きの目的である諏訪大社上社本宮です。そして、6年に1度行われる御柱祭が盛大に行われています。御柱祭では山中より樅の大木を16本(上社本宮・前宮、下社秋宮・春宮各4本)切り出し、4箇所の各宮まで曳行し、社殿の四方に建て、神木とする大祭です。
4本の御柱の祭礼は時間をずらして行われています。



御柱祭が伝統ある祭と聞いていたので、ときどき聞こえてくるブラスバンドの音楽には正直驚きました。上の写真は本宮一之御柱の祭礼が行われている最中です。



次の写真は本宮二之御柱の祭礼がこれから始まろうとしているところです。



本宮三之御柱の祭礼はまだまだ始まらないので、皆さん待機をしています。



諏訪大社上社本宮の隣の法華寺に入ると、そこには赤穂事件の一方の当事者である吉良上野介義央の孫であり、養子である吉良義周の墓があります。吉良町から贈られた「あなたは赤穂事件の最大の被害者だった。」はインパクトがありました。
御柱祭ではこのあたりも関係者以外立入禁止のようなので、芸州浅野藩が治めていた広島に6年間在住し、現在赤穂とはかなり離れていると言え、播州に住んでいる私はそそくさと立ち去りました。私も赤穂事件はえらいとばっちりだったとは思います。




最後に、幣拝殿に向かい、旅の無事を祈りました。引いたおみくじは「中吉」でした。どうやら、十日戎の今宮戎神社で厄を落とせているようです。



せっかく、諏訪湖周辺に来ているので、上諏訪温泉に入りたいと思い、温泉が入れる片倉館に入ります。昭和初期に建てられた洋風の建物が片倉館です。



中も、独特な雰囲気を醸し出しており、じっくりと温泉とその雰囲気を味わうことができました。



信州にきたので、そばも食べることにしました。なぜか関西系のナンバーの車が多く駐まっていました。



十分に諏訪湖周辺を堪能したので、いよいよ関西に向けて長い道のりを進むことにします。


次回は断章その3(5/4後編)関西帰還編の予定です。

2010年6月1日火曜日

大阪-西脇紀行(第13回)・黄金週間編(5/1~5/5)・断章その2・湘南~諏訪湖編(5/3後編)

江ノ島電鉄との並走を終えたため、諏訪湖湖岸にある民宿に向け、出発します。


湘南海岸沿いを走り、秦野中井ICより東名高速道路に入り、御殿場ICから富士山と山中湖の間を抜け、中央自動車道に向かいます。しかしながら、ここでも渋滞となり、真っ赤な空を背景にした大きな富士山を眺めながら、忍耐強くゆっくりと進んでいきます。
東富士五湖道路に入った頃にはすっかり日も沈み、真っ暗となったため、周りの風景はさっぱりわかりません。甲府盆地に入ると、明かりも多くなり、少しは街の様子が伺えるようになります。
甲府盆地を後にすると、再び暗闇の世界が訪れます。
諏訪ICで中央自動車道を降り、民宿みなとを目指します。



民宿みなとに到着しました。いかにも民宿らしい民宿です。上の写真はちなみに翌朝に撮影したものです。



部屋の内部も懐かしい民宿のかおりがします。



信州の冬はやはり厳しいのか、強力なファンヒーターが据え付けられていました。



窓も北海道と同じく、二重窓になっています。
次回は本章その4(5/4前編)御柱祭に沸く諏訪大社編の予定です。

大阪-西脇紀行(第13回)・黄金週間編(5/1~5/5)・本章その3東京~湘南編(5/3中編)

都電荒川線の並走も終わり、本郷通りを走行し、駒込駅前まで再び戻ります。

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駒込駅前より本郷通り、不忍通りを経て、護国寺入口より首都高速道路に入ります。経路は首都高速池袋線、都心環状線、羽田線、横羽線及び横浜新道を経て、一般道に出た後、江ノ島に向かいます。



とは言え、首都高速道路に入ったとたん、このような渋滞に巻き込まれてしまいました。前日とは異なり、ほとんど動かなくなりました。
今回は「首都高速道路の渋滞教習」のようです。牛歩のように進むため、都心環状線に入るまで、30分以上かかりました。
都心環状線に入ると、前日のように堀割の狭い道路を高速で多くの車が左右に行き交う道路に変貌しました。首都高速道路は初心者には全く優しくない道路です。
この後も事故渋滞、合流渋滞、交通量が多いことによる渋滞等幾度となく渋滞に巻き込まれました。まさに今までの中で忍耐が試された運転となりました。



予定より大幅に遅れ、ようやく江ノ島付近に到着しました。しかしながら、江ノ島付近に駐車するための渋滞が発生しており、なかなか江ノ島駅付近に向かえません。



これまた30分以上かけ、江ノ電の江ノ島~腰越間の併用軌道にたどり着くことができました。いよいよ、「Tramway Killer号」の第19のターゲット、江ノ島電鉄の併用軌道を並走します。しかし、この併用軌道は歩行者、自転車、バイクが多く行き交う、比較的車の交通量が多い狭い道路上にあるため、なかなか運転が難しい道です。



その上、上の動画のように4両編成の電車が車のすぐ隣をゆっくりと通過するため、やはり恐いです。


(2008年1月3日、七里ヶ浜駅付近にて撮影)

七里ヶ浜駅付近や稲村ヶ崎駅付近にも上の写真のような併用軌道はあるのですが、非常に迷惑になりそうなので、ここでの並走はやめることにしました。
これで広島の一部を除き、日本全国の併用軌道を走行が完了しました。
では、湘南から諏訪湖へ向かいます。
次回は断章その2(5/3後編)湘南~諏訪湖編の予定です。

(注)
上記の自動車内より撮影した写真はいずれもビデオで録画したものを後日、静止画としてキャプチャーしたものです。
なお、日付がないものは全て2010年5月3日に撮影したものです。

2010年5月28日金曜日

大阪-西脇紀行(第13回)・黄金週間編(5/1~5/5)・本章その2東京編(5/3前編)


さいたま市に一泊した後、JR線をしばらく眺めた後、東京に向かいます。



再び、首都高速埼玉大宮線に乗り、東京に向かい、南下します。途中、志村PAで休憩した後、板橋出口より一般道に降ります。




板橋出口からは国道17号線こと白山通りを南下し、東京在住時にはほぼ毎日お世話になった西巣鴨駅前のセブンイレブン、都電荒川線・新庚申塚電停の踏切、巣鴨駅前を通り、不忍通り、本郷通りと進み、私の会社の本部のそばを通過し、都電荒川線の併用軌道のある明治通りを目指します。



明治通りに近づくと、併用軌道が見えてきます。
「Tramway Killer号」の第18のターゲット、都電荒川線を並走します。JR王子駅のガード下までたどり着き、次は小台からのセンターリザベーション化された併用軌道まで進みます。



センターリザベーション化された併用軌道は交通量も比較的少なく、路面電車のことも気にせず走ることができるため、快適でした。



上記の都電荒川線併用軌道並走の途中、昼食と折り返しのため、アリオ西新井に立ち寄り、その屋上から現在建設中の東京スカイツリーを撮影しました。遠くからの撮影になりましたが、さすがに日本一の高さの塔なので、その姿を見ることができました。
都電荒川線の並走が終わったので、最後のターゲットのいる湘南へ向かいます。
次回は本章その3(5/3中編)東京~湘南編の予定です。

(注)
上記の自動車内より撮影した写真はいずれもビデオで録画したものを後日、静止画としてキャプチャーしたものです。

2010年5月25日火曜日

大阪-西脇紀行(第13回)・黄金週間編(5/1~5/5)・断章その1東海道疾走編(5/2後編)

いよいよ首都圏に向けて出発します。


浜松西ICから東名高速道路に入り、東進します。しばらくは順調だったのですが、首都圏に近づくと、渋滞に巻き込まれるようになりました。



最初は静岡ICあたりで小規模な渋滞に巻き込まれ、富士川SA付近でも上の写真のように停止させられる羽目になりました。しかし、渋滞の本番はここからで、足柄SAから海老名SAくらいまで延々とゆっくりと走行することになります。久しぶりの運転の実地実習「首都圏の長大な渋滞運転教習」を味わうことになりました。
ところが、海老名SAを過ぎると、急に車が流れ始め、調子よく首都高速道路に入ることができました。しかし、真の運転の実地実習はここからでした。特に渋谷、六本木を過ぎたあたりから、多くの車が狭い車幅を高速で進み、阪神高速環状線のように、右へ左へ車線変更する様に思わず恐怖しました。「首都高速道路研修」の開始です。これが、戸田あたりまで続きました。



首都高速埼玉大宮線の新都心西出口でようやく首都高速道路と離れ、国道17号線を北上し、ようやく2泊目の宿となる大宮大成鉄道村に到着しました。この大宮大成鉄道村は鉄道博物館の隣にあるスーパー銭湯兼宿泊施設です。
(上の写真は到着翌日(5/3)の朝に撮影しました。)
建物は寝台車をモチーフにしたもので、内部も鉄道車両を意識した建物となっており、窓からは高崎線及び川越線が見えるようになっています。
露天風呂もあり、外からはJRの車両が通る度にガタンゴトンと車輪と線路の音が聞こえるため、鉄道ファンにはたまらないと思います。(普通の人はうるさいと思うだけだと思いますが。)




宿泊する部屋も寝台車をモチーフとした部屋となっていますので、鉄道博物館へ朝から乗り込むような方だとロケーション的にも良い宿泊施設だと思います。
次回は本章その2(5/3前編)東京編の予定です。

(注)
上記の自動車内より撮影した写真はいずれもビデオで録画したものを後日、静止画としてキャプチャーしたものです。

2010年5月24日月曜日

大阪-西脇紀行(第13回)・黄金週間編(5/1~5/5)・本章その1豊橋・浜名湖編(5/2前編)

豊橋で一泊し、朝食を採った後、いよいよ豊橋市街を走行することにします。
この豊橋の街には路面電車が走っています。ということで、「Tramway Killer号」の第17のターゲット、豊橋鉄道東田本線を並走します。



市内中心部の併用軌道は道路も広く、架線もセンターポール式になっているので、非常にすっきりとした感じになっています。



しかし、国道1号線から離れた場所から赤岩口電停までの区間は道路幅も狭くなり、この東田電停のように、安全島のない、かつての岐阜の路面電車のような電停も残っています。



再び、豊橋駅前に戻ると、ほっトラムが駅前電停から出発するところでした。
豊橋の路面電車の併用軌道並走が一通り終了したので、上海で浜松について熱く語っていたよく似た名前のH川さんを思い出しながら、一般道で浜名湖を目指します。



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豊橋駅の新幹線口から上記のルートで浜名湖へ向かいます。途中、関所跡や弁天島を通過し、その車窓から浜名湖で潮干狩りに勤しむ人たちを眺めながら、目的地である浜名湖パルパル近くにある華咲の湯へ向かいます。


浜名湖パルパル付近は舘山寺温泉の温泉街があり、今回は日帰り温泉の華咲の湯に入ることにしました。
私(男)が入ることができる温泉として、この華咲の湯には桧香の湯とダイダラボッチの湯があります。このうち桧香の湯には「かんざんじ黄金の湯」と呼ばれる有馬温泉の金泉のような赤っぽい湯と「かんざんじ白金の湯」と呼ばれる同じく銀泉のような無色透明の湯があります。ダイダラボッチの湯は「かんざんじ白金の湯」に似た無色透明の湯ですが、様々なお風呂が楽しめます。
3つの湯に入り、運転の疲れが癒されました。


浜名湖付近にきたので、昼食に鰻重を食べることにします。う~ん、満足です。



昼食後、かんざんじロープウェイに乗り、大草山の展望台に向かい、浜名湖の絶景を望むことにします。



展望台から浜名湖を見ると、複雑な地形のため、湖と陸が入り組んでおり、非常に美しい風景でした。
十分に景色を楽しんだ後、東名高速道路を東進し、首都圏へ向かいます。
次回は断章その1(5/2後編)東海道疾走編の予定です。

(注)
上記の自動車内より撮影した写真はいずれもビデオで録画したものを後日、静止画としてキャプチャーしたものです。

2010年5月20日木曜日

大阪-西脇紀行(第13回)・黄金週間編(5/1~5/5)・序章(5/1編)

今回の大阪-西脇紀行は5/1に通院することになりましたので、黄金週間を利用し、今までにない遠回りの経路で行くこととします。
大まかなルートは下記の通りで、大阪から東海地方、東京周辺、甲信地方を経由し、再び大阪から西脇に向かいます。

大阪市・梅田周辺
↓
滋賀県・大津市周辺(通過のみ)
↓
愛知県・豊橋市(1泊)
↓
静岡県・浜名湖周辺
↓
さいたま市(1泊)
↓
神奈川県・江ノ島付近
↓
長野県・諏訪湖周辺(1泊)
↓
名古屋市(通過のみ)
↓
堺市・堺浜楽天温泉(1泊)
↓
兵庫県・西脇市

ということで、1日目は大阪から豊橋に向かいます。


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豊中ICから名神高速道路、草津JCTで新名神高速道路を進むことにします。幸いなことに渋滞に巻き込まれませんでした。


新名神高速道路の甲南PAで信楽焼の茶碗を購入し、休憩していると、T橋さんからメールが入りました。1枚の写真からどこにいるのかを当てるクイズが再び出題されました。どうやら、今回は京都の叡電沿線に出かけているようです。

この後、新名神を通過し、亀山JCTより東名阪自動車道、四日市JCTより伊勢湾岸自動車道を東進します。3車線ある名古屋港付近で快走していると、突然携帯電話が鳴り響きました。どこからの電話かと思い、電話を取ると、上海のM田さんからでした。国際電話という驚きから、若干焦ってしまいましたが、無事に用件を済まし、刈谷PAでいったん休憩した後、豊田JCTより東名高速道路を東進します。
豊川ICより一般道に乗り換え、宿泊するホテル周辺で若干迷ったものの、無事にホテルに到着しました。




宿泊したホテルはビジネスホテルですが、浴場が別にあり、快適に過ごすことができました。
次回は第1章(5/2前編)豊橋~浜名湖編の予定です。

2010年2月2日火曜日

2009年から2010年への年越と住吉大社への初詣

どりあん邸を離れた後、車で中百舌鳥の友人のもとに向かいます。友人を拾い、堺駅前まで一緒に行くことになりました。
「悪いなあ~。まだ車を買って半年ほどしかたってないから、運転に問題があるかもしれへんよ。」
「いや~、僕が運転免許を取って1週間のときに、軽トラに乗って、真夏の暑いときに一緒に京都行ってくれたからかまへんよ。」
「そういえば、そんなこともあったなあ~。」
今も昔も、私は妙なところで度胸があるようです。
さて、堺駅前で一緒に居酒屋で鍋などつつきながら、色々と話をし、ほろ酔い気分で外に出たものの、強い冬型の気圧配置のため、冷たい北西の風が強く吹きつけ、すっかり酔いが覚めてしまいました。
続いて、カラオケをしましたが、周りを気にせず、お互いが好きな曲を歌いあう結果となったため、歌のジャンルが偏ることになってしまいました。
「JOINT」「ETERNAL BLAZE」等をこちらが歌えば、あちらは「motto☆派手にね!」「スクランブル」等を歌い、楽しいひとときでした。




カラオケで十分に歌った後、友人と別れ、ホテルに帰ろうとしましたが、23時30分頃だったので、これは住吉大社に初詣に行かねばと思い、そのまま堺駅から南海電車に乗り、住吉大社に向かいます。住吉大社に到着したとき、23時45分頃だったので、そのまま境内に入ります。住吉大社は年越しをしようとする人たちでいっぱいです。
そうしているうちに、0時となり、住吉大社で年を越すことになりました。「2010年の平穏」を住吉さんにまず祈りました。

ただ、新年早々不愉快だったのは神に捧げるお賽銭を餓○どもが明らかに私の頭を狙って投げてきたことです。おまけに何回も頭にタッチしてくる暴挙を行っていたため、その○鬼ども、特に暴挙を指示させてた卑怯者の巨魁に対し、殺気を放ちながら、睨み付けました。




住吉大社からホテルに戻り、一晩すごしました。翌朝、窓から見える南海電車を撮影し、阪堺電車を撮影するため、再び住吉大社に向かうことにしました。


 

元日の住吉大社はやはり人でいっぱいです。とりあえず、阪堺電車を撮影するため、下におります。


 

阪堺電車を一通り撮影した後、再び住吉大社の境内に入りました。そうすると、未明の出来事を思い出し、ムカムカと怒りが再び沸いてきたので、住吉さんに次のことを願いました。
「あの餓○どもに天罰を与え給え!」


 

それに対する住吉さんの回答は「世の中悪人ばかりではありません。」
住吉さん、申し訳ありませんでした。

この後、堺浜の楽天温泉に入り、日没の後、西脇へ帰りました。

2010年1月1日金曜日

謹賀新年(2010年)

明けましておめでとうございます。
2009年は転勤、ブログの移転等ありましたが、
2010年もよろしくお願いいたします。

(2009年11月~12月の記事については引き続き、アップしてまいります。)