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2014年1月11日土曜日

年末年始旅行(2013~2014年)(4)福井軌道・福井鉄道編

さて、東尋坊を後にし、9:50発の京福バスに乗り、JR芦原温泉駅(あわらおんせん)に向かいます。


上の地図は正確ではありませんが、Aの東尋坊からEのJR芦原温泉駅まで向かいました。


2009年10月20日火曜日

2009年白銀週間(9/19)・本章その1 ~ 福井市内及び高岡市内編 ~

三方五湖からようやく北陸自動車道のインターチェンジのある敦賀市にたどり着き、北陸本線をアンダーパスした後、敦賀ICより北陸自動車道に入ります。
途中のパーキングエリアで鯖の巻き寿司と蕎麦を食べた後、鯖江ICで再び北陸自動車道を降り、県道229号線で木田四ツ辻電停より福井鉄道の併用軌道を並走することにします。



というわけで、「Tramway Killer号」の第5のターゲットは福井鉄道・福武線です。福井鉄道の併用軌道は短いのですが、市役所前~福井駅前のひげ線(しかも比較的狭い道路上の併用軌道)を持っているため、少し厄介かもしれません。公園前電停で元名鉄・岐阜600V線区の車両を横目で見ながら、並走を続けます。



双方ともどこかで聞いたことがあるような名前の中央大通り、フェニックス通り及び福武線・ひげ線の併用軌道との五叉路の交差点である大名町交差点では戸惑いながらも、ひげ線の併用軌道も並行し、福井鉄道の併用軌道並走は完了しました。



再び、北陸自動車道に乗り、富山方面に向かいます。途中、北陸自動車道は日本海の海岸沿いを通ります。そのため思わず、徳光PAに立ち寄り、日本海を眺めます。



秋の日本海はまだ穏やかでしたが、テトラポッド群に打ち寄せる波は結構荒々しいものです。冬になると、おそらくもっと荒々しくなるのでしょう。
休憩を終え、高岡市内に向かいます。途中、小矢部砺波JCTで能越自動車道に乗り換え、高岡ICより高岡駅前を目指します。



高岡駅前より万葉線が米島口、中伏木方面へ伸びています。 
「Tramway Killer号」の第6のターゲットは万葉線です。併用軌道は高岡軌道線部分にあり、福武線とは違い、割と長い距離があります。とは言え、鹿児島、熊本、長崎そして広島と異なり、枝分かれがないので、並走は比較的容易です。上の写真は広小路電停付近のものです。



万葉線は米島口を過ぎると、一旦新設軌道(専用軌道)となり、道路上を通らなくなりますが、能町口電停より中伏木電停手前まで併用軌道となり、細い道路上を単線で通ります。電停には安全島がなく、その代わりにペイントで塗られた乗り場と歩道付近の待合所があります。この辺りの雰囲気は他都市の路面電車では味わえないものがあります。ちなみに上の写真は吉久電停付近です。
万葉線の撮影がようやく終わった頃には西の空がすっかりオレンジ色に染まっていました。急いで富山市に向かいましたが、残念ながら途中で日が沈んでしまいました。仕方なく、富山市を抜け、国道8号線で魚津市まで向かい、予定通り魚津で宿泊することにしました。九州縦断の旅とは違い、疲労もそれほどありませんでした。車の運転に慣れつつあるのでしょうか?
翌日は再び富山市内に戻り、併用軌道並走を行います。
(注)
上記の自動車内より撮影した写真はいずれもビデオで録画したものを後日、静止画としてキャプチャーしたものです。

2009年1月2日金曜日

2008年年末旅行第4日目~富山・高岡・福井

2008年年末旅行・富山・富山大橋(2008年12月30日)

今回は第4日目(12/30)の様子を述べる事とします。
寝台特急に乗車したため、早朝6時頃に富山に到着しました。富山まで来ると、もう積雪は残っていませんでした。ただし、天気は時雨れており、立山連峰は雲に隠れ、見る事ができませんでした。
富山大橋では新しい橋が建設中でした。将来は現在の単線から複線に変更するとの事で、富山のやる気を感じさせます。


2008年年末旅行・富山・南富山駅(2008年12月30日)

南富山駅に到着し、ここで富山地方鉄道の動画を撮影しました。以前とあまり変化していませんが、ここは撮影をきっちりと行いました。


2008年年末旅行・富山・城川原駅(2008年12月30日)

富山ライトレールは相変わらず利用客が多く、特に乗車したときは場外車券場となっている富山競輪場に向かうおっちゃん達がたくさん乗っていたのが印象的でした。新年を迎える準備と思われる車両の清掃も城川原の車庫で行われていました。


2008年年末旅行・高岡・高岡駅前(2008年12月30日)

高岡に移り、万葉線に乗車しました。今回、初めてアイトラムに乗車し、車内内部を見ましたが、富山ライトレールのポートラムと瓜二つの内装でした。(当たり前か。)


2008年年末旅行・福井・幸橋(2008年12月30日)

駆け足で、福井にやってきました。こちらは仮橋であった幸橋が正式に架け替えられ、急カーブはなくなり、橋中央にはセンターポールが設置されていました。このセンターポールは暗くなると光るのが特徴です。


2008年年末旅行・福井・公園口電停(2008年12月30日)

富山から福井にかけ、晴れ間が見えたり、曇ったり、雨が急に降ったり、その雨が急に激しく降ったりと、まさに猫の目のようにくるくる変る天気にはうんざりしました。これが冬の日本海側の天候なのでしょう。太平洋側の天気が如何にシンプルであることが身に沁みた1日でした。もう少し寒くなると、これに雪が加わるのですから、もう鬱陶しいですね。
次回は第5日目(12/31)の豊橋訪問についてです。

2006年9月23日土曜日

福井で見つけた岐阜の思い出その3~サーキュレーター~

サーキュレーター(2006年9月16日)

第3回目はモ880形の窓際の天井にあるサーキュレーターです。
サーキュレーターとは送風機であり、モ880形が600Vダイレクトクーラーによる冷房のため、夏期に各務原線1500Vを走っているとき、冷房が止まった車内に風を送るものです。
架線電圧600Vの福井鉄道において、このサーキュレーターの出番はあるのでしょうか?私が乗車したときには送風はされていませんでした。(冷房は効いていましたが。)
今回で「福井で見つけた岐阜の思い出」は終了です。

2006年9月22日金曜日

福井で見つけた岐阜の思い出その2~架線電圧計~

架線電圧計(2006年9月16日)

第2回目はモ800形の運転席近くの扉にある架線電圧計です。
この架線電圧計は文字通り架線の電圧を示す機器であり、乗車したモ800形は電圧600Vを示していました。
名鉄岐阜~競輪場前~新関・関の系統は名鉄各務原線に乗り入れていたため、架線電圧が直流600V及び1500Vでも走行できるようになっていました。こうした車両を複電圧車といい、このモ800形とモ880形がそれに該当し、岐阜600V線区の特徴の一つとなっていました。田神~市ノ坪ではこの架線電圧計の指針が1500V(各務原線)、0V(死電区間)、600V(田神線)と動きました。
なお、福井鉄道に移ったモ800形及びモ880形は単電圧化されました。
次回はモ880形のサーキュレーターです。


<追記、2010年10月19日>


モ880形の田神~市ノ坪間の動画を貼り付けます。

2006年9月21日木曜日

福井で見つけた岐阜の思い出その1~続行運転表示板~

今回より3回の予定で、福井鉄道で見つけた岐阜時代の思い出の品を紹介します。


続行運転表示板(2006年9月16日)

まず、上記写真中央にある福井鉄道モ880形中の続行運転表示板です。
この続行運転は2編成の電車が連なって運転されます。下は岐阜時代のモ880形の続行運転の写真です。続行運転のしている2編成の電車のうち、前を走る電車に続行運転表示板が掲示されています(矢印の先)。
美濃町線では名鉄岐阜~競輪場前~新関・関の系統と徹明町~競輪場前~野一色・日野橋の系統の電車が走っていました。両者は路線の重なる競輪場前~日野橋では、続行運転されており、美濃町線の特徴のひとつとなっていました。


美濃町線・日野橋・続行運転中(2005年3月27日)

次回は、モ800形の架線電圧計の予定です。

2005年8月10日水曜日

福井遠征with業務連絡

更新をしないうちに、すっかり暑くなってしまいました。名鉄600V線区から譲渡車両が入る前の福井鉄道を撮影するために、海の日の連休に福井に行きま した。やはり、普通の鉄道車両が道路の上を走る光景は迫力がありました。次回は岐阜の連接車が来るときか、富山ライトレールが開業したときに寄ってみたい と思います。
仕事が相変わらず忙しいため、更新がなかなかできませんが、今後ともよろしくお願いします。ところで、8月の更新はあと1回予定しており、以後は11月か12月となる予定です。というのは、8月から11月にかけて再び上海に出張するからです。
もしかすると、「しゅらく写真館」については、上海で更新できるかもしれませんので、ぜひチェックをお願いします。