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2011年9月11日日曜日

一粒で二度美味しい、京阪大津線・けいおん!ラッピング電車(The Advertising train, on Keihan Otsu Line, which was wrapped with “K-ON!” and could enjoy both tramway and cartoon)

さて、久しぶりに路面電車撮影に行くことにしました。今回は滋賀県大津市です。浜大津駅周辺の併用軌道での撮影を行うこととしました。

I shot streetcars after a long time. I visited Otsu city of Shiga Prefecture at this time in order to shoot streetcars on the street-running section near Hamaotsu station.


滋賀県の大津市へ行くのにわざわざ大阪市に出るのも面倒くさく、また、1000円を超える高速料金を支払うのも億劫になるので、兵庫県西脇市から国道372号線で加東市、篠山市、京都府南丹市、亀岡市を経由し、京都市に入ることにしました。ただし、京都市の中心街を通るのはもっと億劫なので、手前の右京区役所付近のコインパーキングで車を駐めることにしました。

Because I thought it was troublesome that I would specially go to Osaka city in order to visit Otsu city of Shiga Prefecture and that I would pay the highway charge which exceeds 1000 yen, I went first from Nishiwaki via Kato, Sasayama, Nantan and Kameoka to Kyoto along the Route 372. Nishiwaki, Kato and Sasayama belong to Hyogo Prefecture, and Nantan and Kameoka belong to Kyoto Prefecture. I parked at a coin parking near Ukyo Ward government office because It felt more troublesome for me to pass through central Kyoto city.


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右京区役所最寄り駅である京都市営地下鉄・太秦天神川駅から京阪大津線浜大津駅へは電車で向かうことにしました。

I went from Uzumasa-tenjingawa station of Kyoto city subway as the nearest station of Ukyo Ward government office to Hamaotsu station of Keihan Otsu Line, by train.



というわけで、京阪浜大津駅に到着しました。ここでは記念乗車券が販売されていましたので、早速購入しました。
After that I arrived at Hamaotsu station of Keihan. A commemorative ticket of K-ON! were sold here. I bought it soon.



一見、ただのキャラクターグッズにみえるB3二つ折りのこのB4の冊子が京阪大津線(京津線及び石山坂本線)の1日乗車券5枚分となっています。この記念乗車券1セットが3000円となっており、7000セットを販売しています。ちなみに左のものは先日ゲーセンでゲットしたフィギュアです。
Though looking like normal character goods seemingly, this B4 booklet as the commemorative ticket of K-ON! made by folding into two from B3 size sheet, is a set of five one-day passes which is able to use on Keihan Otsu Line (Keishin Line and Ishiyama-Sakamoto Line). A commemorative ticket of K-ON is sold at 3000 yen. 7000 commemorative tickets are sold by Keihan. Incidentally, a PVC figure in left side above photo is what I got at a game center recently.


一通り、浜大津駅で撮影を行った後、浜大津駅から石山寺駅へ移動しました。ここでの目的は…、

After I shot streetcars near Hamaotsu station briefly, I moved from Hamaotsu station to Ishiyamadera station. The purpose in here was …


タイトルと先ほどの記念乗車券で察しがつくかもしれませんが、映画「けいおん!」のHO-KAGO TEA TIME TRAINとして運用されているラッピング電車(613-614号)の撮影です。やはり人気アニメの全面ラッピングのため、鉄っちゃんだけでなく、アニメファンも多数撮影していました。(当然、それら2つを兼任する人もですが。)

to shoot the advertising train (No.613-614) which was used as HO-KAGO TEA TIME TRAIN of “K-ON!” the movie, though someone may be able to recognize by this document title and above mentioned commemorative ticket of “K-ON!”. As I expected, not only many railway fans but also many cartoon fans shot the HO-KAGO TEA TIME TRAIN because it was wrapped fully with a popular cartoon “K-ON!”. (Of course, someone who likes both railway and cartoon also do.)



このラッピング電車ですが、外側に「けいおん!」のメインキャラクター5人が描かれており、窓を含めた車体全体をラッピングしています。しかも、専用のヘッドマークも付けているばかりでなく、内側も乗降用ドア、妻部(連結部分のドア側)、網棚上部及び吊革といった部分も「けいおん!」仕様となっていました。ただ、残念なのは吊り広告が一般のものだったことです。映画とのタイアップで誕生したこのラッピング電車なので、JR山手線に走っているADトレインのように吊り広告も映画「けいおん!」の宣伝にすれば、完璧でした。ただし、京阪の大津鉄道部の本気度を感じさせたラッピングです。
Five main characters of “K-ON!” were drawn outside the advertising train. The advertising train was wrapped fully, including windows. Additionally the head marks for exclusive use is also attached the train front. Also inside the advertising train, that is, the passenger doors, the corner on wagon, wall above the luggage rack and the straps, almost all were covered with "K-ON!". But I thought unfortunately that the advertising poster hung in the train was general. The advertising train was made by tie up with the movie. Therefore, like the AD train of JR Yamanote Line in Tokyo, if "K-ON!" the movie was used as the advertising poster hung in the train, it would be perfect. However, I felt earnestness of Otsu Railway Department of Keihan by wrapping of the advertising train.



では、このラッピング電車の動画をお楽しみください。撮影場所は石山坂本線の三井寺駅~浜大津駅間の併用軌道です。やはり、軌道線は専用軌道よりも併用軌道が好きです。
路面電車とアニメが堪能できる一粒で二度美味しいラッピング電車でした。
京阪と沿線住民にとっては、ラッピング電車によって、鉄っちゃん及び鉄っちゃん以外の顧客が来訪し、記念乗車券購入や大津線利用により、収入が増え、経営が安定するのであれば、大津線が存続することとなり、良いことだと思います。これで映画の観客動員が増えれば、制作会社側も潤うので、やはり良いことだと思います。

Please watch previous video in which the advertising train was shot. I shot the video on the street-running section between Hamaotsu and Miidera stations of Ishiyama-Sakamoto Line. I like tramway which runs on the street-running section better than on the segregated section.
The advertising train acts like killing two birds with one stone surely for me because it was possible for me to enjoy tramway and cartoon.
If the advertising train brings more passengers who are not only railway fans but also railway non-fans, the Otsu Railway Department gets more income by using Otsu Line and buying commemorative tickets. Otsu Line will be continued without abolishing by stable management of the Otsu Railway Department. I think that above case is good for Keihan and residents along Otsu Line.
If the advertising train brings larger audience of the movie, the production companies also get more income. I think that this case better.



浜大津駅を後にし、再び右京区役所前に戻ってきました。この右京区役所前には嵐電こと京福電気鉄道嵐山本線が走っています。目の前を通っている嵐電を無視するにはもったいないので、撮影をしました。
再び、来たルートを戻るように、京都市から亀岡市、南丹市、篠山市、加東市を経由して帰ることにしました。
改めて地図を見ると、西脇市と京都市及び西脇市と我が故郷・堺市の直線距離がほぼ同じことがわかります。(どちらもほぼ90km弱で、一般道で行くと、約2時間半です。)西脇から京都に行く際にはこのルートで今後も行くことをします。

I left Hamaotsu station and came back to Ukyo Ward government office again. Arashiyama Line of Keifuku Electric Railroad known as Randen is going in front of Ukyo Ward government office. If I left Kyoto without shooting Randen's tram which was run in front of my eyes, I would be sorry. Therefore, I took a photo of Randen at this time. I returned from Kyoto via Kameoka, Nantan, Sasayama and Kato to Nishiwaki reversely along same route of the outward journey. Looking at the map again, you can see that distance between Nishiwaki and Kyoto is nearly as long as distance between Nishiwaki and my hometown Sakai. (Both distance is approximate 90km and both take approximately 2 hours 30 minutes without driving the highway.) When I will go from Nishiwaki to Kyoto, I will drive also this route from next time.

2011年9月5日月曜日

台風一過となりましたが、大変でした。

ゆっくりと四国及び中国地方を縦断した台風12号がようやく日本海へ抜け、兵庫県播磨地方はようやく落ち着きを取り戻しました。
台風12号通過時で最も緊張したのは日曜日の未明でした。




日曜日に変わった頃に、北播地方に急激な雨が降り続け、杉原川の水位は急激に上昇しました。上の写真は午前3時頃の杉原川の様子であり、あと1mほどで堤防から水が溢れそうになっていました。
これを見て、私は一つ前の記事のとおり、近くのスーパーへ避難することにしました。
午前3時から午前6時まで杉原川の水位が下がらなかったので、スーパーの駐車場に駐めた車の中で夜を明かすことになりました。




ようやく上流の多可町、西脇市での杉原川の水位が下がり始めたようなので、自宅へ帰ることにしましたが、杉原川は上の動画のとおり(9/4、午前6時頃)尋常ではない濁流となっていました。(対岸の人の身長及び川の水面とガードレールの高さを比較してください。もうちょっとで溢れそうな状態になっています。また、聞こえてくる音は川の濁流の音です。)
対岸の郷瀬町では床上浸水が発生したようで、排水ポンプで激流となっている杉原川に水を戻していました。また、上流の多可町では護岸が崩れ、家屋が流出したそうです。幸いにも人的被害はなかったみたいですが。
その後、徹夜を強いられたため、日曜日は一日中眠ることになりました。月曜日に職場で話をしてみると、どうやら皆さん同じ状況になっていたみたいです。
めでたくなし。めでたくなし。

2011年9月4日日曜日

杉原川が大変です。

台風12号の接近により、北播地区には断続的な大雨が降っており、大雨洪水警報が出たままですが、杉原川の水位が橋のすぐ下まで迫り、警報が真実味を帯びて来ました。とりあえず、近くのスーパーに避難する事にします。と、来て見ると、同様のことを考えた人が多く、地元の人にとっても危険なのでしょう。本当に不味い状況です。

2011年8月31日水曜日

今回も2年前の明石海峡大橋走破の動画をアップしました。

また、大分前に編集済みの動画をYouTubeにアップしました。



素材は2年前の明石海峡大橋を淡路方面に向かっているときに撮影した自動車の前面眺望です。また、ぼちぼちとアップしていきます。 

2011年8月28日日曜日

堺っ子の兵庫県旅行記・第8回(赤穂市)


久しぶりの堺っ子の兵庫県旅行記の第8回は播磨国の赤穂市です。実は前回の小野市との間に、神戸市北区、明石市、西宮市、香美町、新温泉町及び淡路市を訪問しており、今回は神戸市北区の予定でしたが、諸般の事情で赤穂市を先に紹介します。


より大きな地図で 堺っ子の兵庫県旅行記 を表示

さて、赤穂市といえば、忠臣蔵と塩田ではないでしょうか。忠臣蔵であまりに知られているため、播州(播磨国)のイメージが赤穂に引きずられてしまっている感があります。



(写真①-1)

JR加古川線、山陽本線及び赤穂線を乗り継いで、播州赤穂駅にやってきました。


(写真①-2)

駅の南出口には「忠臣蔵」と大きく書かれた額が飾られていました。


 (写真①-3)

出口の階段には仮名手本忠臣蔵の双六からとったと思われる絵が壁に埋め込まれていました。


(写真②)

播州赤穂駅を出て、南に向かうと、赤穂城の大手門が見えてきます。


(写真③-1)

大手門を入るとすぐに、大石邸長屋門に到着します。その名の通り、浅野家筆頭家老大石内蔵助一家三代が57年にわたり住んでいた大石屋敷の正面門長屋です。元禄14年(1701年)3月の浅野内匠頭長矩の刃傷による江戸の悲報を伝える早打ちがたたいた門でもあります。


(写真③-2)

大石邸は現在、赤穂大石神社の境内となっています。この赤穂大石神社の参道には47士の石像が並んでいます。


(写真③-3)

元禄赤穂事件以降、義士を称える人々により旧赤穂城の大石邸に小さな祠が設けられ、密かに祀られていましたが、1900年(明治33年)に「大石神社」として創建することが政府より許可され、1912年(大正元年)に社殿が竣工しました。 


 (写真③-4)

四十七士に関する宝物が義士宝物殿、宝物殿別館に展示されています。内蔵助が討ち入りに使用した采配等ばかりではなく、赤穂浅野家断絶後に赤穂を治めた森家の宝物も展示されています。


(写真③-5)

また、四十七士、浅野内匠頭長矩及び萱野三平重実の木像を収めた義士木像奉安殿、先ほどの大石邸長屋門の裏手にある大石邸庭園もあり、かなり見所があります。これらの4カ所については大人1人420円で拝観できます。


(写真④)

赤穂城址は公園となっていますが、その隣接するところに赤穂市立歴史博物館があります。赤穂市の歴史に関することが展示されており、元禄赤穂事件だけではなく、塩田開発で発展した赤穂の歴史が見ることができます。千種川からの上水道の資料もあり、大人1人200円で入場できます。
ここで人形浄瑠璃文楽「仮名手本忠臣蔵」の三段目及び四段目(塩冶判官高貞の高師直への刃傷と塩冶判官高貞の切腹の場面)のダイジェストビデオを見ることができます。仮名手本忠臣蔵は太平記の設定に仮託したものなので、浅野内匠頭長矩は塩冶判官高貞に、吉良上野介義央は高師直としています。


(写真⑤-1)

赤穂市立歴史博物館を後にし、赤穂城址の本丸に来ました。本丸跡には本丸御殿や天守閣といった建物がなく、天守台のみが残っています。


(写真⑤-2)

天守台から望んだ本丸跡です。右側に本丸御殿の間取りが示されています。この赤穂城址では工事が行われており、復元作業を少しずつ進めているものと思われます。


(写真⑥-1)

さて、赤穂城址を離れ、赤穂市立民俗資料館にやってきました。この建物は元々1908年(明治41年)に塩務局の庁舎として建てられました。現存する塩務局庁舎としては保存状態が良く、明治末期の洋風建築としても価値の高いものです。
その後、1949年(昭和24年)に日本専売公社赤穂支局、1982年(昭和57年)に赤穂市立民俗資料館となりました。この資料館には大人1人100円で入場できます。


(写真⑥-2)

かなり暑かったので、しばらく涼んだ後に、館内を見学しました。このような昔の道具がたくさん展示されていました。


(写真⑥-3)

古い紙幣も展示されていました。伊藤博文、岩倉具視といった私も使用したことのある紙幣はもちろん板垣退助の100円札やそれ以前の紙幣もありました。


 (写真⑦-1)

さて、赤穂市中心街を後にし、播州赤穂駅から岡山方面へ2駅目の備前福河駅に向かいました。
あれ、ここは兵庫県旅行記ではないかと思われる方もいると思いますが、ここは間違いなく兵庫県赤穂市です。ただし、ここは播磨国ではなく、備前国にあたる場所です。
というのは、1955年(昭和30年)3月1日、岡山県和気郡福河村にあったこの地に備前福河駅が開業した後、1963年(昭和38年)9月1日、地元の要望により備前福河周辺が兵庫県赤穂市に編入された経緯があるからです。


(写真⑦-2)

備前福河駅の後ろに見えるJA兵庫西がこの地が兵庫県にあることを示しています。
この後、播州赤穂へ向かい、播磨の中心地、姫路で一泊しました。
次回こそ神戸市北区をお伝えしたいと思います。

2011年8月26日金曜日

大分落ち着きました。

大分落ち着きました。落ち着いてきたので、今日の出来事を記述します。冷静になるべく、兵庫県赤穂市に行きました。赤穂といえば、忠臣蔵です。四十七士が討ち入りすることになったのは主君である浅野長矩が吉良義央へ刃傷沙汰を起こしてしまったからです。歴史的には吉良側に非がなく、浅野側に非がある説があるようですが、一般の日本人には忠臣蔵の影響があり、吉良悪玉説が幅を効かせています。何れにしても刃傷沙汰を起こしてえらい迷惑を受けたのは赤穂藩士なので、自重すべきなのでしょう。と、大石神社で思索に耽りました。
ここで忠臣蔵での浅野長矩の心中を思い、狂歌を一首詠みます。

こうずけの 詐術に翻弄 浅野君
播磨を想いて 耐えに耐えらむ

広島の浅野本家も大変だったろうな〜。

ちょっと落ち着きを取り戻しました。

ちょっと落ち着きを取り戻しました。でもさっきのことが発作のように起きなければいいのですが。