「堺っ子の兵庫県旅行記」ということで、今回から始めました。
大阪府堺市出身である私がいろいろな縁があり、兵庫県の中央部に位置する西脇市に在住することとなりました。よくよく考えてみると、隣県である兵庫県のことをあまり知らなかったと感じ、また併用軌道並走も一段落ついたこともあり、ここは兵庫県全市町村(神戸市に関しては区単位)を一つ一つ訪れ、観光しようというのがこの企画です。
兵庫県は令制国制度下では摂津国・西半分、播磨国全域、丹波国西半分、但馬国全域、淡路国全域にほぼあたり、僅かに美作国、備前国の地域が含まれており、五畿七道の区分でも畿内、山陽道、山陰道、南海道と古代の区分を無視した形で兵庫県は成立しています。
明治維新後、国際港として開港した神戸の発展のため、多額の財政出動が求められましたが、財政的に苦しい旧摂津国・西半分を県域とする旧兵庫県(第二次兵庫県)だけでは十分な税収がありませんでした。そこで、明治新政府は飾磨県(旧播磨国)と豊岡県の西半分(旧但馬国及び旧丹波国西半分)を合併させ、神戸の後背地の税金を神戸港に投入し、但馬の生糸を播磨経由で神戸港より輸出することを考えました。更に庚午事変(稲田騒動)により名東県(徳島県)から淡路を分離した上で、摂津・西半分、播磨、丹波・西半分、但馬及び淡路の5地域が合わさった兵庫県(第三次兵庫県)が誕生しました。
前述の通り、気候風土や気質の異なる5地域が合併しているため、兵庫県には様々な面が認められます。神戸及び阪神間のように人口密集地(兵庫県の約6割)があると思えば、中部から北部にかけては過疎地や家島諸島のような島嶼部があり、阪神工業地帯や播磨臨海工業地帯といった重化学工業地帯があると思えば、農林水産業が主な産業なところもあります。また、県北部では日本海側気候で冬には積雪が認められるのに対し、県南部では瀬戸内海式気候で年間を通じて降雨量が比較的少なくなっています。
ということで、兵庫県をこれから詳しく知るために、49ある各市町村及び区(神戸市)を訪れます。
(赤い地域が今回訪れる尼崎市)
第1回は大阪市に隣接し、市外局番も06の摂津国にある尼崎市です。大阪と雰囲気にあまり違いが無く、庶民的な街という(私の中での)イメージがあり、阪神なんば線開業時には幾度も訪れた街を探索することにしました。
上の地図にある青印の場所を訪れました。では、始めることにしましょう。なお、地図上の印をクリックすると、吹き出しが現れ、簡単な説明が出てきます。その○囲みの数字と下の写真の数字は対応しています。
(写真①)
まず、阪神尼崎駅に到着しました。阪神優勝時の群衆のイメージが強いこの駅前から出発します。
(写真②)
写真①とは逆方向、つまり南側に出ると、間近で尼崎車庫から出てくる電車を撮影することができます。
(写真③)
写真②の位置から川を橋で渡ると、赤煉瓦のクラシックな建物が現れます。これは阪神電鉄の旧尼崎発電所です。1904年竣工ということなので、100年以上経過しています。なお、今は発電所としては機能していません。
(写真④)
写真③の旧尼崎発電所の南側に尼崎城跡があります。尼崎城があった場所には尼崎市立中央図書館があり、石垣及び土塀が復元されており、見る角度によっては難攻不落の図書館という感じになっています。
(写真⑤)
五合橋線の阪神本線高架付近に移動しました。実際の映像とは異なるアングルで撮影しましたが、「涼宮ハルヒの憂鬱」の「朝比奈ミクルの冒険Episode00」の始めに出てくる風景がここです。
(写真⑥)
写真⑤の場所から後ろを向くと、尼崎中央商店街の入口があります。前述の「涼宮ハルヒの憂鬱」に、このリニューアルされる前のアーケードを描いた「祝川商店街」が登場します。(設定では阪急夙川駅の近くにあることになっています。)
聖地巡礼ネタは他のサイトに任せることとして、目的物に向かうため、尼崎中央商店街へ入ります。
(写真⑦)
中央三番街にくると、それはあります。プロ野球開幕から始まる「阪神優勝マジック表示」です。ただ、この表示は可動式となっており、商店街の道の上を前後に動いていることには驚きました。
次回は尼崎市の後編の予定です。尼崎市の別な面をみることができます。
と、思いましたが、追記で記述します。